訪問歯科衛生士が採用できない理由と応募を増やす5つの工夫

高齢者の歯をメンテナンスする歯科衛生士

訪問歯科の現場では、歯科衛生士の採用難が大きな課題となっています。

「求人を出しても応募が来ない」
「条件は悪くないはずなのに面接すら入らない」

——こうした声は、地域や規模を問わず広く聞かれるものです。

特に訪問業務という特殊性が、求職者との間に見えない壁を生んでいることが、採用をさらに難しくしている要因と言えるでしょう。

本記事では、「なぜ訪問歯科衛生士の採用がうまくいかないのか?」という疑問から出発し、その背景にある要因と、実際に成果が出ている採用施策の進め方を紹介します。「求人票を変えただけで応募が増える」ような単発的な解決ではなく、継続的に歯科衛生士との接点を増やしていくための具体的な3つのアクションまで落とし込んでいきます。

目次

なぜ歯科衛生士は訪問歯科に応募しないのか?

「待遇は悪くないはずなのに応募が来ない」
「条件は提示しているのに面接に進まない」

——訪問歯科衛生士の採用でよく聞かれる悩みです。

しかし、これらは採用活動の問題というより、「訪問歯科という選択肢が、そもそも候補に入っていない」ことが根本にあります。なぜ歯科衛生士は訪問という働き方を選ばないのか。その要因を読み解くことで、採用難の本質が見えてきます。

訪問業務に対する情報不足と不安

まず大きな障壁となっているのが、訪問歯科業務に対する「情報不足」です。一般的な歯科衛生士のキャリアパスは外来中心であり、訪問歯科について学ぶ機会も限られています。そのため、訪問の仕事に対して「なんとなく大変そう」「一人で判断することが不安」といった漠然とした不安を持っているケースが多くあります。

また、実際の業務内容が見えにくいことも、応募をためらわせる要因です。外来であれば、受付から診療までの流れや職場環境がイメージできますが、訪問の場合は「どんな利用者がいるのか」「どんな設備があるのか」といった情報が乏しいと、安心して応募することができません。

訪問歯科は大変という誤解

訪問歯科に対して、「とにかく大変そう」「一人で対応するのは怖い」「対応力がないと難しい」といったイメージを持っている歯科衛生士は少なくありません。こうした印象が先行する背景には、訪問業務の具体的な内容が伝わっていないことがあります。

実際には、訪問歯科はチームで行動し、歯科医師や助手と連携して進める体制が整っていることも多いです。使用する機材や環境の違いに戸惑う場面はあっても、それを支えるサポート体制やマニュアルがあることを知らないまま、「大変に違いない」と思い込まれているケースが大半です。

さらに、「高齢者との関わりが難しそう」「身体的にきつそう」という声もありますが、実際にはコミュニケーションの積み重ねによって信頼関係が生まれ、感謝の言葉を直接受け取れる機会が多いのも訪問ならではの特徴です。短時間で多くの患者を対応する外来とは異なり、利用者一人ひとりとじっくり向き合えることにやりがいを感じる衛生士も少なくありません。

このように、訪問歯科の現場には「負担が大きい」「ハードルが高い」といった印象を持たれがちですが、それはあくまで情報が不足しているがゆえの誤解です。実態とのギャップを埋め、歯科衛生士が安心して一歩踏み出せる情報をどれだけ届けられるかが、採用の分岐点になります。

スキルへの不安と「自信がない」という声

訪問歯科では、利用者ごとの環境に応じた柔軟な対応が求められる場面が多くあります。とくに介護施設などの訪問では、車椅子や介護ベッド上での口腔ケアとなるので、外来経験しかない歯科衛生士にとってはハードルが高く感じられるのも無理はありません。

実際に退職理由として挙げられることの多いのが、

「現場でどう動けばよいか分からず不安だった」
「もっとしっかり教えてもらえると思っていた」

といった声です。これは業務の難しさというより、「準備がないまま現場に出された」という初期体験による不信感によるものです。

求職者の「聞きたいこと」に応えていない

多くの求人情報では、

「待遇」や「勤務条件」

に重点が置かれがちですが、求職者が本当に知りたいのは、

「現場でどんな一日を過ごすのか」
「どんな支援があるのか」
「訪問が未経験でも安心して働けるのか」

といったリアルな日常です。

このような情報が求人票やWebサイト、SNSで発信されていないと、衛生士側は疑問を解消できないまま応募を見送ってしまいます。つまり、応募の前段階で心が離れてしまっているのです。

訪問歯科衛生士に選ばれるクリニックの共通点とは?

歯科衛生士の応募が集まる歯科クリニックには、いくつかの共通点があります。それは、特別な待遇や立地の良さだけではなく、「この職場なら安心して働けそう」と思える“見え方”と“伝え方”の工夫にあります。衛生士にとって、訪問という働き方はイメージが湧きにくく、業務の不確実さが不安に直結します。そのため、単に求人を出すだけでなく、どのように見せ、どんな言葉で語るかが大きく影響するのです。

衛生士目線の情報が整っている

選ばれる事業所は、まず第一に「情報のわかりやすさ」に優れています。採用ページや求人票において、「訪問ってどんな一日なのか」「どのようなサポート体制があるのか」「未経験でも対応できるのか」といった、歯科衛生士が抱きがちな疑問に、具体的に答えているのが特徴です。

例えば、「午前は施設訪問、午後は在宅中心。1日3〜4件をチームで対応」といったスケジュール例や、「入職初月は必ず先輩衛生士と同行」「車の運転が苦手でも、運転業務なしの働き方あり」など、業務のリアルを丁寧に伝えている事業所は、応募者の不安を軽減できています。

「想い」や「ビジョン」が言語化されている

求人を出す際に、待遇や制度ばかりを打ち出しても、他の事業所との差別化は難しいものです。一方で、「なぜ訪問歯科をやっているのか」「この地域でどんな歯科医療を目指しているのか」といった“想い”を言語化して発信している事業所は、共感を得やすくなります。

訪問歯科に関わる動機は衛生士ごとに異なりますが、「人との関係を大切にしたい」「長く働ける職場を探している」「社会的な意味を感じながら働きたい」といった価値観に響くメッセージがあれば、選ばれる確率は高まります。

歯科衛生士が“主語”になっている採用表現

さらに重要なのは、発信されている情報の“主語”が誰かという点です。

「当院ではこんな制度があります」

ではなく、

「○○さん(衛生士)が制度を使ってこう感じている」
「スタッフの△△さんは、最初こんな悩みを持って入職した」

といった、歯科衛生士の視点で語られるエピソードが、求職者の共感を呼びます。

衛生士目線のリアルな声があると、「自分にもできそう」「ここで働いたら、こうなれるかもしれない」と未来の自分を想像しやすくなります。つまり、“誰の物語として発信されているか”が、大切です。

“安心して選べる”状態をつくることが鍵

最後にもう一つ、選ばれる事業所の共通点として、「安心して選べる接点」が用意されている点が挙げられます。いきなり応募ではなく、「見学だけOK」「院長とカジュアルに話せるLINE相談あり」といった、軽い接点を用意していることが、心理的ハードルを下げています。

訪問業務に不安があるのは当然のこと。その不安を少しずつ解消していける“入り口の設計”が、衛生士から「この職場なら大丈夫かもしれない」と思われる決め手になっています。

訪問歯科衛生士のリアルを伝える採用広報の工夫

「条件は他と変わらないのに応募が来ない」
「説明会に来てもその後の応募につながらない」

こうした悩みの背景には、情報の“量”ではなく“質”に課題があるケースが多く見られます。特に歯科衛生士の採用においては、制度や給与の説明だけでなく、「自分が働く姿をリアルに想像できるかどうか」が意思決定に大きく影響します。そのためには、現場の声をどう伝えるか、誰の視点で語るかが極めて重要です。

数値や制度より、「実際どうだったか」

「教育体制があります」「産休・育休の実績あり」といった情報は、最低限の安心材料にはなりますが、それだけで心は動きません。大切なのは、制度の有無ではなく、「その制度が実際にどう使われ、どう感じられているか」を伝えることです。

たとえば、

「育休から復帰した衛生士が、週3日の時短勤務で現場に戻ってきた」
「訪問未経験だったスタッフが、3ヶ月後には自信を持ってこなしている」

といったエピソードは、具体的でありながら、見る人に共感や安心を与える情報です。

衛生士自身の言葉を活用する

リアリティを高めるうえで有効なのが、実際の歯科衛生士の「一人称の言葉」をそのまま使うことです。「最初は車の運転に抵抗がありましたが、先輩が同行してくれて安心できました」「利用者さんに“ありがとう”って言ってもらえた日、ここに来てよかったと思いました」といった言葉は、作為的な広報よりも強く響きます。

こうしたコメントは、採用インタビュー記事やSNSコンテンツ、パンフレットなどに自然に盛り込むことで、情報に信頼感と温度感を加えることができます。

SNSを活用して「日常の空気」を可視化する

特にInstagramなどのSNSは、「どんな人が働いているか」「どんな空気感なのか」といった“感覚的な情報”を伝えるうえで効果的な手段です。また投稿において大切なのは、誰でも投稿できるような一般的な情報ではなく、実際のスタッフが実際に思っていること・語っていることを投稿しいましょう。誰でも投稿できるような内容では共感は得られません。

また、フォロワーとの距離感を縮めるには、「投稿」よりも「ストーリー」や「ライブ配信」を活用し、より即時的で自然な情報発信を行うことが有効です。形式にとらわれすぎず、現場の空気感がそのまま伝わる運用を心がけることが、信頼につながります。

採用広報は「説得」ではなく「共感」の設計

採用広報の目的は、応募者を説得することではありません。「この職場、ちょっと気になる」「この人たちと一緒に働いてみたい」と思ってもらう“共感の起点”をつくることです。そのためには、「現場の人が、どんな気持ちで、どんな日常を送っているか」が自然に伝わるような発信が必要です。

たとえば、職場の改善点をあえて語る投稿や、スタッフ同士で冗談を言い合う瞬間の動画など、完璧すぎない“素”の情報こそが、「ここなら自分もやっていけそう」という心理的なハードルを下げてくれます。また、その“素”の情報こそが入社前後に感じるギャップを埋めてくれる要素にもなります。

訪問歯科衛生士採用を進めるための3つのアクション

訪問歯科衛生士の採用は、特別な施策ではなく、“目の前の改善”から始まります。ここでは、現場で明日からすぐに取り組める具体的なアクションを5つご紹介します。それぞれのアクションには、採用活動を進めるうえで見落とされがちな視点と、歯科衛生士が感じている不安への実践的な対応を盛り込んでいます。

1. 「訪問は大変そう」の誤解に先回りして答える

歯科衛生士が訪問歯科に抱く代表的なイメージのひとつが、「一人で判断を求められる場面が多く、責任が重そう」といった不安です。実際には、チームで動くケースが多く、現場で孤立することはあまりありません。その違いを求人票や広報資料で具体的に伝えることが、誤解を防ぎ、応募のハードルを下げる第一歩となります。また訪問歯科で大変なことや不安に感じる部分を先に伝えておくことで入社前後のギャップを解消でき、早期離職を防ぐことにもなります。

実践例

  • 求人票に「チームでどう連携しているか」明記
  • 面接や見学時に、業務の流れを図解で説明

2. 実際に働いている衛生士の“1日”を可視化する

訪問歯科の業務は想像しにくく、「1日どれくらい移動するのか」「どうやって準備するのか」など、日常のイメージが持てないことが応募をためらわせる要因になります。そこで、“あるスタッフの1日”を紹介することで、勤務の流れや働き方のリアリティを伝えやすくなります。生活との両立のしやすさを実感させる材料にもなります。

実践例

  • SNSで「○○さんの1日」シリーズを投稿
  • 説明会でスケジュール例・1週間の勤務例を配布

3. エピソードを主語にしたコンテンツを増やす

制度や条件だけではなく、“働く人の物語”にこそ共感が集まります。求職者は、制度や条件がある事実よりも人の感情や体験を通じて職場の魅力を感じ取ります。特に「最初は不安だったけど…」といった成長過程やリアルな声を使うことで、自分にもできるかもしれないと前向きに考えるきっかけになります。エピソードは採用活動における最大の説得力です。

実践例

  • 訪問をやっていて嬉しかったエピソード等を動画・画像・テキストで発信
  • 「なぜこの訪問歯科に挑戦したのか」を衛生士本人の声でまとめる

採用がうまくいかない理由は、求人の露出量や待遇の問題だけではなく、「何をどう伝えているか」にあります。

訪問歯科衛生士という働き方に、どんな価値があり、どんな日常があるのか

——それを言葉と行動で示していくことが、信頼と応募につながります。

採用難の時代だからこそ、誤解をひとつずつ解き、リアルな現場の声を届けることが、選ばれる第一歩です。



監修者:権守 泰純(Yasuyoshi Gonmori)

株式会社HOAP代表取締役。2022年に創業し、医療・介護業界に特化した採用支援事業を展開。現在は訪問看護・訪問診療訪問歯科など在宅分野からクリニックなど、業界特化で採用支援事業を展開。


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