医療事務の採用には人材紹介が必須なのか?

面談をする人材紹介担当者と看護師

「求人を出しても応募が来ない」
「医療事務は人材紹介を使わないと採れない」

──そう感じているクリニック院長は少なくありません。人材紹介会社を活用すれば、確かに短期間で応募者が見つかることもあります。しかし、紹介手数料の負担は決して軽くなく、採用が定着につながるとも限らないのが実情です。

一方で、求人サイトなどの媒体経由でも、しっかりと応募を集めているクリニックが存在するのも事実です。では、その違いはどこにあるのでしょうか。

問題は、「求人媒体で採用できるか」ではなく、「自院の魅力が適切に伝わっているか」にあります。他院と似たような条件・表現の求人では、求職者の目に留まらず埋もれてしまいます。そして、条件で選んだ人材は、より良い条件が提示された瞬間に離れていく可能性が高くなります。

本記事では、「医療事務の採用に人材紹介は本当に必須なのか?」という問いを起点に、自院ならではの魅力を言葉にして届ける方法や、採用活動を効率化する手段について、順を追って解説していきます。

目次

「医療事務は人材紹介がないと採れない」のは本当か?

人材紹介が使われる背景

クリニックにおける医療事務の採用で、人材紹介サービスが選ばれる理由は明快です。最も大きな理由は「手間がかからないこと」です。求人票を作成し、応募対応を行い、面接日程を調整する手間を一括で代行してくれるため、診療の合間で採用活動を行う院長にとってはありがたい存在に見えます。

また、紹介会社は「採用が決まるまで費用が発生しない」という成果報酬型のため、一見すると無駄な出費がないように見えます。しかし実際には、採用が成立した時点で年収の20~30%という高額な手数料が発生し、複数人の採用や退職後の再採用となると、経営への負担は無視できません。

「紹介を使えば間違いない」は幻想

人材紹介を使えば必ず質の高い人材に出会える、という認識には注意が必要です。紹介会社もビジネスである以上、「確実に決まりやすい人」を優先して紹介する傾向があり、必ずしも「自院に合った人」が来るとは限りません。さらに、条件で選んだ応募者が入職後に「他にもっと良い職場があれば転職したい」と考えているケースも珍しくなく、結果的に定着しないという問題に直面します。

紹介会社に依存すると、「採用=一過性のイベント」と捉えてしまいがちです。しかし本来の採用活動は、「どんな人と一緒に働きたいか」を明確にし、その人に届く表現で継続的に情報を発信していく、いわばコミュニケーション活動に近いものです。

求人媒体でも採用はできる

実際、医療特化の求人媒体やスカウト媒体を活用し、自院だけで医療事務の採用に成功しているクリニックは数多く存在します。その多くに共通するのは、

「応募者が共感しやすい求人内容」
「ターゲットを絞り込んだ発信」
「求職者への丁寧で迅速なアプローチ」

です。媒体そのものの問題ではなく、内容と届け方に工夫があるかどうかが鍵を握っています。

次のセクションでは、「なぜ求人媒体で応募が集まらないのか?」という疑問を掘り下げ、他院との差がどう影響しているのかを考えていきます。

なぜ求人媒体で応募が来ないのか?それは他院との「差」がない

「条件で見劣りする」と感じていないか

求人媒体で医療事務の応募が集まらない理由として、「条件で大手法人に勝てないから」と考えている院長も多いのではないでしょうか。確かに、給与や福利厚生、勤務時間などの条件だけを見れば、法人規模の大きな医療機関には及ばないかもしれません。しかし、求職者は必ずしも「条件が一番いいところに行く」わけではありません。

そもそも、求職者は複数の求人を比較する際、まずは「どれも似たような内容」と感じてしまうことが多いのです。「受付・医療事務スタッフ募集」「シフト制」「週休2日」「交通費支給」──どのクリニックの求人も、見出しだけを見れば差はほとんどありません。

違いが見えないことが最大の壁

求職者の立場に立つと、「この職場で働くイメージが持てるか」が判断軸になります。しかし、画一的な求人票や、テンプレートのような文面では、働く日常の姿が想像できません。その結果、「条件だけで比較する」状態に陥り、他院に埋もれてしまうのです。

つまり、求人で差別化できていないのは、「条件が劣っているから」ではなく、「働く魅力が伝わっていないから」です。

■選ばれる求人は“自分ごと”にできる表現をしている

実際に応募が集まる求人には、以下のような特徴があります。

・「スタッフのほとんどが子育て中!朝は〇時出勤なので保育園に間に合います」といったリアルな生活リズムの記述

・「午前中は子どもの通院付き添い。午後から出勤した日、スタッフ全員が『お疲れさま』と声をかけてくれる。全員気遣いが出来る環境です◎」といったストーリー要素

・「受付・医療事務」だけでなく「人と接することが好きな方」「医療の現場を支えるやりがいを感じたい方」といった価値観ベースの呼びかけ

このように、単に待遇を伝えるだけでなく、「この職場なら、自分も働けそう」と思わせる工夫があるかどうかが、応募の有無を分けます。

次のセクションでは、よくある誤解である「では条件を上げれば良いのか?」という問いに対し、条件で採用した人材の定着率について考えていきます。

条件を上げればいい?条件で選ぶ人は条件で辞める

条件で惹きつけた人材の落とし穴

「応募が来ないのは条件が悪いからでは?」と考え、給与や休日数を一時的に見直すクリニックは少なくありません。もちろん、最低限の待遇整備は必要ですが、「条件を上げれば応募が来る」「条件が良ければ定着する」と短絡的に考えると、かえって失敗につながるケースがあります。

実際に、あるクリニックでは「月給28万円」「完全週休2日」「未経験可」といった高待遇を掲げ、短期間で3名の医療事務を採用しました。しかし半年後には2名が離職。理由を聞くと「忙しさが想像以上だった」「人間関係がしんどい」との声が返ってきました。つまり、求職者にとって“条件”はきっかけでしかなく、“理由”にはなりえないのです。

■「なぜここで働きたいか」が明確でないと、人は離れる

求職者の多くは、応募前に複数のクリニックを比較しています。その中で「条件が良さそう」と感じて入職した場合、入ってみて思っていたのと違った時の落差は大きく、退職の引き金になります。逆に、待遇以上に「自分に合っている」と感じて選んだ職場であれば、多少の困難があっても継続しやすいのです。

あるケースでは、月給や勤務条件をむやみに上げずとも、「このクリニックで働きたい」と感じる理由を求人内で明確に伝えたことで、定着率の高い採用につながりました。一例として以下のような表現です。

「1日に何十人も対応する環境から、患者さん一人ひとりと丁寧に向き合える今の職場に。事務の仕事が“流れ作業”ではなく“支える仕事”だと実感しています。」

待遇ではなく、価値観に共感して応募してきた人材は、仕事に対する目的意識が明確です。そのため、自分の役割や期待に対して前向きに取り組み、早期退職もしにくい傾向にあります。

選ばれる理由がないと、好条件でも選ばれない

もうひとつ注意すべきは、「条件を上げても、他と同じなら選ばれない」という点です。求職者が求人票を並べて比較する際、「月給+2万円」の違いでは動きません。それよりも、「この職場なら安心して働けそう」「スタッフの雰囲気が良さそう」という実感のある情報の方が、行動を促す力を持ちます。

条件で惹きつけるよりも、価値観でつながること。そのために、「うちで働く意味」を言葉にして伝える必要があります。

「うちのクリニックで働く理由」を言語化し求人に落とし込むには?

差別化は「特別さ」ではなく「自分ごとにできるか」

応募が集まらない理由を「うちは他と比べて特徴がないから」と捉え、設備や制度の“特別さ”を打ち出そうとするケースは少なくありません。しかし、実際に求職者が知りたいのは、「自分にとって合うかどうか」です。つまり、他と違うことを伝えるのではなく、「自分の価値観に合っているか」「安心して働けそうか」と感じてもらえることの方が重要です。

求職者は、自分の生活や経験に照らして「この職場なら大丈夫かも」と思えるかどうかで応募を決めます。逆にいえば、「なんとなくよさそう」「自分のことをわかってくれそう」という直感的な印象がない求人は、条件が良くても選ばれません。

■条件を並べるのではなく、「素の雰囲気」を伝える

よくある求人票では、「週休2日」「有給取得率〇%」「未経験OK」といった形式的な情報が並びます。もちろん必要な情報ではありますが、それだけでは働く姿をイメージできません。

たとえば、次のような書き方を比べてみてください。

「週休2日/有給取得率92%」

「子どもの学校行事に合わせて休みが取れるよう、全員で協力しています」

後者のように、制度の“数字”ではなく、“どう活用されているか”を具体的に伝えることで、読んだ人は「それなら自分にも当てはまりそう」と感じられるようになります。

また、「どんな職場か」を語る際には、以下のような視点を持つと有効です。

・スタッフはどんな人たちか?(年齢層・雰囲気)
・どんな価値観で働いているか?(共通言語・共通の想い)
・新人が入ったとき、どんなサポートがあるか?

これらを語ることで、求職者が頭の中で職場の風景を描けるようになります。

誰に向けて書くかを明確にする

「どんな人でも歓迎です」と幅広く書かれた求人ほど、誰にも刺さらないものです。

「子育て中の方」「前職で人間関係に悩んでいた方」「人とじっくり関わりたい方」

など、特定の人物像に向けて書くことで、メッセージの濃度が上がり、共感を生みやすくなります。

あいまいな表現を避け、読み手の生活や価値観に寄り添った言葉を使う。それだけで、求人の伝わり方は大きく変わります。

スカウトを続ける時間がない?アウトソーシングの活用と注意点

採用は「待つ」から「探す」時代へ

これまでの医療事務採用では、求人票を出して応募を「待つ」スタイルが主流でした。しかし近年は、求職者が「今すぐ転職したい人」だけとは限りません。「なんとなく興味がある」「少し条件が合えば動きたい」と考える“潜在層”に対して、自らアプローチしていく「スカウト型採用」が成果を上げています

特に医療事務のように競争が激しい職種では、媒体掲載だけでは見てもらえないケースも多く、自分たちから声をかける姿勢が求められています。

「一人ひとりに声をかける」ことの意味

スカウトは「人数を集めるため」のものではありません。本質は「あなたのことを知りたくて声をかけました」と伝える、一対一の対話の入り口づくりです。テンプレートのような一斉送信ではなく、その人のプロフィールを読み取って、「この人なら自院の○○なところに魅力を感じてくれるかもしれない」と考えて書く。それが届いたとき、求職者は「ちゃんと見てくれている」と感じ、心が動きます。

一例として、以下のような内容が響きやすいスカウト文です。

「プロフィールを拝見して、“患者さんとの関わりを大切にしたい”という想いに共感しました。当院でも1日に対応する人数を制限して、ゆっくり接遇できる体制を取っています。」

このように、相手の考えや経験に具体的に触れた内容にすることで、返信率は大きく変わります。

採用にかける時間がないクリニックも多い

ただし、日々の業務に追われる中で、1件ずつスカウト文を考えて送るのは大きな負担です。「いいのはわかるけど、現実的に無理」という声も当然です。そうしたとき、選択肢になるのがスカウト業務のアウトソーシングです。

採用に強い外部パートナーにスカウト運用を委託することで、求人媒体の運用から候補者対応までを効率化しつつ、現場はコア業務に集中することが可能になります。

アウトソース先の“質”が成果を左右する

ただし、注意すべきは「誰に頼むか」です。医療業界に特化していない業者や、汎用的なテンプレートで大量送信するスタイルでは、かえってクリニックのブランドを傷つけるリスクもあります。

アウトソーシングを検討する際は、以下のような観点で見極めることが重要です。

・医療業界における採用の文脈を理解しているか
・1人ずつプロフィールを読み込んだ文面作成が可能か
・候補者との対話を重視する姿勢があるか
・自院の方針や雰囲気を丁寧にヒアリングし、反映してくれるか

次につながるスカウトとは

スカウトの目的は、「いま採用できる人を探すこと」だけではありません。中長期的に「このクリニック気になるな」と思ってもらえる関係をつくることにあります。

日々の運用が難しければ、適切なパートナーに委ねる。その際も、「どう届けたいか」の軸は自院が持ち続けることが、ブレない採用活動のカギとなります。

医療事務の採用は、「人材紹介を使うか否か」ではなく、「誰に、どのように届けるか」が鍵です。他院との違いは、条件ではなく、働く理由をどう伝えられるかにあります。地道なスカウトや求人表現の工夫によって、条件に左右されない“共感で選ばれる採用”は実現可能です。業務の負担が大きいときは、適切な支援の力も借りながら、「なぜうちなのか?」を言葉にして届ける採用を、あらためて見直してみてください。



監修者:権守 泰純(Yasuyoshi Gonmori)

株式会社HOAP代表取締役。2022年に創業し、医療・介護業界に特化した採用支援事業を展開。現在は訪問看護・訪問診療訪問歯科など在宅分野からクリニックなど、業界特化で採用支援事業を展開。


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