「最近の若いスタッフと話が合わない」
「価値観の違いでチームがまとまりにくい」
そうした声を、訪問看護の現場で耳にする機会が増えています。これまでの経験や働き方の価値観を大切にするベテランスタッフと、柔軟性やプライベートとの両立を重視する若手スタッフ。どちらが正しいという話ではなく、ただ「前提」が異なることで、業務の進め方や役割の捉え方にすれ違いが生じることがあります。
特に訪問看護は、一人ひとりの判断力や主体性が求められる現場です。チームの連携が希薄になると、利用者対応に支障をきたす恐れもあります。また、「自分の価値観が否定されている」と感じたスタッフは、働く意欲を失ったり、早期に離職したりするリスクも高まります。
価値観の違いは、対立を生む要因にもなり得ますが、うまく扱えばチームの強みとなる側面もあります。では、訪問看護の現場で起きている価値観の多様化を、どのように受け止め、どう付き合っていけばいいのでしょうか。
本記事では、価値観の多様化が訪問看護の現場に与える影響を整理し、現場での向き合い方や、明日からできる具体的な対応策について考えていきます。
なぜ今「価値観の多様化」に戸惑うのか?

「働くこと」への前提が異なることがすれ違いの原因に
訪問看護の現場で、「価値観の違いに戸惑う」という声が年々増えています。たとえば、先輩スタッフが「訪問件数が多い日は当然残業になるもの」「新人のうちはある程度踏ん張って成長していくべき」と感じている一方で、若手スタッフが「定時で帰れる働き方が前提」「働きながら無理なく学べる職場が理想」と考えているケースは少なくありません。
このような価値観の食い違いは、日々の業務や会話の中にじわじわと現れます。管理者が何気なく伝えたひとことが「無理解」と受け取られたり、若手の発言が「意識が低い」と受け止められたり。本人同士に悪意はなくても、「当たり前」と思っている前提がずれているため、すれ違いが重なっていきます。
背景にあるのは社会全体の意識変化
訪問看護の世界に限らず、近年あらゆる業界で「価値観の多様化」が進んでいます。かつては「正社員として長く勤めるのが当然」「多少の無理は覚悟で働くべき」といった価値観が多数派でした。しかし現在は「自分らしく働けること」「家庭や趣味と両立できること」が重要視される傾向にあります。
この変化は、個人の甘えや意識の低下ではなく、社会環境そのものの変化と見るべきです。たとえば、SNSの普及により他者の働き方が日常的に可視化され、「もっと柔軟な働き方がある」と知る機会が増えたこと。あるいは、終身雇用が崩れたことで「1社にしがみつく」ことへの意義が薄れたこと。こうした社会の潮流が、働く人たちの意識変化を後押ししています。
このような背景を無視したまま「最近の若者は我慢が足りない」と切り捨ててしまうと、むしろ人材の離脱を早め、組織の硬直化を招く可能性があります。
現場で起きている「ズレ」は、どこに表れるか
価値観の違いが最も顕著に表れるのは、「優先順位の付け方」と「言語化のギャップ」です。
たとえば、管理者が「利用者第一」を強く打ち出しても、若手スタッフが「家族との時間を守ることが第一」と捉えていれば、すれ違いは起こります。どちらも間違いではないにもかかわらず、互いの「何を大切にしているか」が共有されていなければ、誤解と不信を生みます。
さらに、訪問看護は個別性が高く、判断の自由度も大きいため、価値観の違いが業務に与える影響も無視できません。チームでの連携を強化しようとしても、「連携の目的」や「信頼の定義」自体がズレていることもあります。
「多様性がある状態」に耐えられる組織運営が求められている
以前は、「現場がまとまっていること=全員が同じ価値観を持っていること」と考えられることが多くありました。しかし、今はむしろ「違う価値観が共存している状態」を前提に、チームづくりを進めていくことが求められています。
そのためには、目に見えない前提や優先順位をすり合わせる場が必要です。「なぜそれを大切にしているのか」「どうしてその働き方を選んでいるのか」といった背景までを丁寧に聞き合う姿勢が、信頼関係の土台となります。
また、理念や行動指針の明文化だけではなく、「それが現場でどう活かされているか」「個々の価値観とどう接続されているか」を定期的に見直すことが、組織の柔軟性を高める上でも重要です。
「ミスマッチ」は本当に悪いことなのか?

「価値観のズレ=悪」ではない
訪問看護の現場でスタッフ間の価値観の違いが見えるとき、多くの管理者は「このままではチームがバラバラになるのでは」と不安を抱きます。確かに、価値観のズレが放置されると業務に支障が出たり、誤解や摩擦を生んだりする可能性はあります。しかし、「価値観の違い=悪いこと」と即断してしまうと、かえって対話のチャンスを逃してしまいます。
そもそも、人が異なる環境で育ち、異なる経験をしてきた以上、価値観に違いがあるのは当然です。「訪問件数が多いとやりがいを感じる」という人もいれば、「1日3件までにして丁寧なケアをしたい」という人もいる。どちらの意見にもそれぞれの背景があり、それを一面的に評価することはできません。むしろ、「違いがあること」を前提とした組織運営こそが、今の訪問看護には求められています。
ミスマッチが相互理解の起点になることもある
価値観の違いが表面化したとき、それを「合わない人がいる」と捉えるのか、「対話の必要性が見えた」と捉えるのかで、組織の在り方は大きく変わります。
たとえば、ある訪問看護ステーションで、「もっと収入を増やしたいから件数を増やしたい」という若手スタッフと、「利用者の変化に気づくには、時間をかけるべき」というベテランスタッフの意見が対立したケースがありました。一見、正反対の意見に見えますが、話し合いを重ねる中で、「効率化できる記録業務を見直す」「午前中は高頻度利用者、午後はじっくり対応が必要な利用者」というように役割分担が工夫され、結果的に双方の希望を尊重した形で運営改善につながった事例です。
このように、ズレがあるからこそ、互いの価値観を共有する場が生まれ、業務の見直しや工夫にもつながるのです。
無理なすり合わせはかえって疲弊を招く
一方で、「価値観の違いは受け入れるべき」と考えすぎるあまり、すべてを許容しようとすると、今度は組織全体が疲弊するリスクもあります。大切なのは、「違いを受け入れること」と「一定の共通土台を持つこと」をバランスよく両立させることです。
そのためには、まず「どこまでが個人の自由で、どこからがチームとしての共通理解なのか」を明確にする必要があります。「訪問の質に対する考え方」「時間管理の基準」「緊急時の判断」など、チームとして一致しておくべき基準が曖昧なままだと、個々の価値観がぶつかるたびに混乱が生じます。
逆に、「ここだけは共有しておきたい」というポイントを明文化し、それ以外の部分には柔軟さを持たせることで、無理なく多様性を活かすことが可能になります。
「価値観の違い」がチームの幅をつくる
価値観の違いがある組織は、一見まとまりに欠けて見えるかもしれません。しかし、訪問看護という仕事は、利用者の多様な生活背景や価値観に向き合う仕事でもあります。その意味では、組織内に異なる考え方があること自体が、利用者対応の選択肢を広げる土台になるとも言えます。
たとえば、「時間をかけて話を聴くこと」を重視するスタッフがいる一方で、「生活リズムを守るために時間管理を徹底する」ことを重視するスタッフがいれば、利用者のニーズによって柔軟な組み合わせや対応が可能になります。価値観のミスマッチは、視点の幅・ケアの幅を生み出す源でもあるのです。
価値観の違いがもたらす「リアルな現場の変化」

日々のやりとりに表れる「ちょっとした違和感」
訪問看護の現場で、価値観の違いは一見小さな場面に表れます。たとえば、
「申し送りのときに何を共有するか」
「記録の書き方にどこまで丁寧さを求めるか」
「急変時の対応をどのタイミングで相談するか」
といった判断ポイントです。
ある管理者は、「新人スタッフが”何かあったらLINEください”と口では言うが、実際には困っていても自分で抱え込んでいる」と話していました。一方で、その新人は「忙しそうな時間に連絡するのは申し訳ない」「すぐに返ってこなかったら不安だから、まずは自分でやってみる」という考えを持っていたのです。
ここにあるのは、「困ったら相談するのが当然」という前提と、「相談することは迷惑になるかもしれない」という前提の違いです。こうした前提のずれは、感情的な摩擦を起こすより先に、「あれ?なんかやりづらいな」「言いたいことが伝わらないな」といった「違和感」として積み重なっていきます。
同じ制度でも「どう使いたいか」が違う
福利厚生や働き方の柔軟性が整っていても、それが職場への安心感や信頼感につながるかは、スタッフ一人ひとりの捉え方によって異なります。たとえば「急なお休みに対応できる体制」を整備していても、それを「ありがたい」と感じる人もいれば、「申し訳なくて使えない」と感じる人もいます。
実際、あるステーションでは「有給をとっても何も言われない」と制度を強調していたにもかかわらず、若手スタッフの離職が続いていました。退職面談で見えてきたのは、「表向きは自由といわれているけれど、実際に取る人は少ない」「先輩ががんばっていると、自分だけ休みにくい」といった、制度の「空気的な使われ方」への違和感でした。
ここでも、制度そのものよりも、それをどう受け取り、どう活用するかという「価値観」の違いが現場に影響を及ぼしています。
チームミーティングの「温度差」にどう向き合うか
ミーティングやカンファレンスの場でも、価値観の違いは浮き彫りになります。たとえば、あるスタッフは「もっと利用者に踏み込んだ支援がしたい」と熱量高く意見を述べる一方で、別のスタッフは「家庭に立ち入りすぎるのは望まれていない」と冷静なスタンスをとる。このような温度差は、「どちらが正しいか」を議論するほどに対立を深めやすくなります。
にもかかわらず、無理に一方向に揃えようとすると、どちらかが声を出しづらくなるという弊害も生じます。
大切なのは、「そのスタッフがなぜそう感じているのか」を互いに聞き合うことです。「前の職場で踏み込みすぎてトラブルになった経験がある」「支援がうまくいったときは、いつも一歩深く関わったときだった」など背景にはそれぞれに理由があります。そこを理解せずに表面の意見だけで折り合いをつけようとすれば、納得感のないチーム運営になります。
多様な価値観が現場の「温度」と「選択肢」を生み出す
一見バラバラに見える価値観も、チームとしての幅を持たせる材料になり得ます。たとえば、利用者のご家族が「細かいことを気にせず、シンプルに対応してほしい」と願っている場合は、効率を重視するスタッフがフィットします。一方、「生活背景まで丁寧に見てくれる人がいい」というご家族には、対話を大切にするスタッフが力を発揮します。
つまり、現場の中に異なる価値観があることは、利用者の多様なニーズに対応できる「余白」でもあるのです。スタッフ全員が同じ方向性だけを持っているより、意見や姿勢に揺らぎがあるからこそ、柔軟なチーム運営が可能になります。
訪問看護における「多様性を活かす組織」の条件

「違いがある」ことを前提とした運営に転換できているか
多様な価値観をもつスタッフが集まる訪問看護の現場では、「どうすれば違いをなくせるか」ではなく、「どうすれば違いがあっても機能するか」
が問われます。つまり、「均質性を保つためのマネジメント」から「多様性のなかで成立するマネジメント」への転換です。
この転換には、まず管理者自身の意識が変わる必要があります。たとえば、「チームの方針を伝えても動いてくれない」「言った通りに動かない」と感じる場面があるなら、それは「相手に問題がある」のではなく、「共通の理解がすり合っていない」だけかもしれません。職場として何を大事にし、何は任せるのか。その線引きを明確にするところから始まります。
「理念」が現場の行動と接続されているか
多様な価値観がある組織ほど、全員が立ち返れる「共通の起点」が必要になります。それが、理念やビジョンです。しかし、ただ壁に貼られた標語では意味がありません。
理念が「日々の判断や行動とつながっている」状態をつくることが、本質的な意味での組織の軸になります。
たとえば、「私たちは生活に寄り添う看護を大切にしています」という理念がある場合、管理者はその理念をもとに「なぜこの利用者にこの対応が必要か」「なぜその記録の書き方が望ましいか」をスタッフとすり合わせる必要があります。価値観がバラバラな中でも、「判断のよりどころ」があることで、行動の選択に納得感が生まれるのです。
理念が組織内で生きているかどうかは、スタッフが日常の会話の中でそれを言語化できているかで判断できます。「なんでそうしてるの?」と聞かれたとき、「うちのステーションって、こういう考え方だから」と自信をもって語れる組織は、個々の多様性がぶつかり合いにくい状態をつくれています。
「対話の仕組み」があるかどうかが分かれ目になる
理念の共有と並んで重要なのが、「対話の仕組み」があるかどうかです。ここで言う対話とは、単なる情報共有ではなく、「その人が何を感じているか」「どう働きたいと思っているか」に踏み込む会話のことを指します。
たとえば、あるステーションでは月に一度、業務とは別のテーマで話す「価値観共有ミーティング」を設けています。テーマは「働く上で譲れないこと」「これまでの仕事で印象に残っていること」など、日々の業務では見えにくい部分を互いに知る機会になっています。
こうした対話の場を定期的に設けることで、「自分の考えを話していい」「相手の背景を知ることができる」という空気が育ちます。これが、価値観の違いによる摩擦を和らげる土台になります。
「異なる価値観が活かされた事例」が語られているか
多様性を活かす組織では、「違いがあったからこそ、うまくいった」という成功体験が語られています。たとえば、「Aさんはスケジュール管理が得意だから、新人のルート調整を任せている」「Bさんは対話力があるから、在宅家族との関係構築をリードしている」といったように、それぞれの特性を役割に活かす工夫が日常的に行われている組織では、スタッフの納得感も高まります。
重要なのは、それを特別な話にしないことです。日常の中で当たり前のように語られ、互いの違いが自然にチームの強みとして機能している
――そうした状態が、訪問看護における「多様性を活かす組織」の条件と言えます。
明日からできる「価値観の違い」との向き合い方

「価値観の違い」は目に見えないから難しい
訪問看護の現場では、価値観の違いがいきなり表面化することは多くありません。「あれ?」と感じた小さな違和感の積み重ねが、やがて信頼関係の断絶や早期離職につながる――それが最も避けたい展開です。
しかし、管理者もスタッフも、日々の業務に追われる中で、他者の価値観に丁寧に向き合う余裕が持てないのが現実です。「この人はこういう考え方をする」と思い込んだまま、確認もせず放置してしまう。あるいは、自分と異なる意見に対して「それはおかしい」と反発してしまう。そういったすれ違いを防ぐには、意識的な言語化とすり合わせのプロセスが必要です。
判断基準や「正しさ」を共有する習慣を持つ
訪問看護は、現場ごとの判断が求められる仕事です。同じ利用者に訪問しても、「どこまで踏み込むか」「どこを優先するか」はスタッフごとに微妙に異なることがあります。そのときに基準となるのが、個人の経験や価値観です。
だからこそ、チーム全体として「どう考えるか」「どういう判断を望ましいとするか」を、定期的に言語化して共有する場が重要になります。たとえば、月1回の症例検討や記録レビューの場を使い、「この対応をなぜ選んだか」「ほかにどんな選択肢があったか」をスタッフ同士で話し合うこと。それにより、個々の判断の背景が可視化され、相互理解が進みます。
「何が正解か」を決めるのではなく、「なぜそう考えたか」を聞き合う姿勢が、違いを分断ではなく関係性のきっかけに変えていきます。
「話すこと自体に価値がある」と信じられる環境をつくる
価値観の違いについて話すことに抵抗を感じるスタッフは少なくありません。「そんなの言ってもしょうがない」「考え方が違うから分かり合えない」といったあきらめが先に立つと、対話は生まれません。
そこで重要なのは、管理者が「話すことそのものに意味がある」という姿勢を示すことです。たとえば、面談や日報コメントで、「この判断をどう思ったか」「今週やりづらさを感じたことはあったか」といった問いかけを意図的に加えること。形式ではなく、相手の言葉にきちんと耳を傾ける時間を確保すること。それが「話してもいいんだ」という安心感につながります。
また、スタッフ同士でも「価値観が違っても否定しない」という共通認識があることで、自分の意見を出しやすくなります。これは一度の研修でつくれるものではなく、日々の接し方や言葉の選び方の積み重ねによって醸成される文化です。
「完璧な理解」よりも「前提の確認」が大切
すべてのスタッフが完全に理解し合うことは現実的ではありません。大切なのは、「この人はこう考えているらしい」「私はこう感じている」という前提をお互いに確認しておくことです。
たとえば、朝礼や申し送りの中で、「今、〇〇さんが何を大事にして働いているか」を1人ずつ言語化してもらう場を設ける。「この判断がしづらかった理由」について、否定せずに聞く時間をつくる。そうした小さなやりとりの中で、「違っていても成り立つ関係」が築かれていきます。
すれ違いを避けるために必要なのは、同じ考えを持つことではなく、違いがあることを理解したうえで「それでも協力できる」状態をつくることです。
スタッフ育成においても「価値観の対話」を組み込む
新人教育の段階から、単に技術や業務手順を教えるだけでなく、「なぜこの仕事をしたいと思ったのか」「どういうときに働きがいを感じるか」といった対話を行うことで、早い段階から組織との相性を見極めることができます。
また、育成担当者が自身の価値観を語ることも重要です。「私がこの仕事を続けている理由」「訪問で大切にしていること」を語ることは、指導対象者にとって「この職場はどんな雰囲気なのか」を知る手がかりになります。
日常業務の中で、「こうしたほうがいい」と指示を出す前に、「なぜそう考えるか」をひとこと添えるだけでも、相手の理解度や納得感は大きく変わります。
価値観の多様化は、訪問看護の現場にさまざまな影響をもたらします。ズレやすれ違いは避けられないものの、それを起点に対話や見直しを重ねることで、むしろ組織の幅や柔軟性を育てる契機にもなります。大切なのは、違いを否定せず、背景を共有し、共通の理解にたどり着こうとする姿勢です。一人ひとりの考えや働き方が尊重されるチームは、利用者に対しても豊かな支援を提供できます。まずは、目の前の違いに向き合う一歩から始めてみてください。

監修者:牟田 健登(Kento Muta)
株式会社クルージズ・テクノロジーズ代表取締役。2021年に創業し、在宅医療・介護業界に特化した人事コンサルティング・人事評価SaaSを展開。訪問看護ステーションや訪問介護ステーションを中心にサービスを展開中。

