訪問看護の管理者に必要なアンガーマネジメントとは

公園で怒りを静める訪問看護師

訪問看護の現場において、管理者は多くの役割を担いながら日々対応に追われています。スタッフの配置や業務の調整に始まり、利用者やそのご家族とのやり取り、時にはクレーム対応まで求められる立場です。こうした中で、「つい感情的に反応してしまった」「冷静に話すつもりが、語気が強くなってしまった」と自己嫌悪に陥る経験は、決して珍しいことではありません。

特に訪問看護は、一人の看護師が現場に出て判断し対応することが多いため、情報の齟齬や認識のズレが起こりやすく、それが管理者への不満やトラブルとして表面化することもあります。そのようなとき、感情のままに叱責したり、逆に何も言えずに溜め込んでしまうと、職場全体の雰囲気が悪化する原因となり、スタッフの離職や利用者の不信感にもつながりかねません。

こうした感情の扱い方に関するスキルとして、「アンガーマネジメント」が注目されています。怒りを抑え込むのではなく、「どう受け止め、どう表現し、どう伝えるか」を管理者自身が意識的に習得することが求められています。

本記事では、訪問看護の管理者が職場で実践すべきアンガーマネジメントの考え方と具体的な方法について、順を追ってご紹介します。怒りを感じること自体を責めるのではなく、「その後どう行動するか」に焦点を当てることで、チーム全体の信頼と連携を高める第一歩としましょう。

目次

なぜ訪問看護の管理者は怒りを抱えやすいのか?

現場で起こるイライラの正体を知る

訪問看護の管理者が怒りを感じやすい理由は、単なる「感情の問題」ではなく、業務の性質や人間関係の構造に根ざしています。例えば、スタッフからの急な欠勤連絡や、計画外の対応が求められる利用者対応など、予測不能な事態が日常的に発生するのが訪問看護の現場です。スケジュール通りに動けない苛立ちや、他人の判断ミスを自分が背負わざるを得ない不公平感が、「怒り」となって表出します。

また、訪問先でのトラブルや家族からのクレームが管理者に直接届くことも多く、「なぜ私がここまで対応しなければならないのか」といったやるせなさが積み重なることも一因です。

「期待とのズレ」が怒りを引き起こす

怒りの感情の根底には、「こうあるべき」といった期待があります。例えば、「スタッフなら時間を守って当然」「新人でもこのくらいの判断はできるはず」といった無意識の基準が破られたとき、怒りが生まれます。

この「べき論」が強ければ強いほど、相手の行動に対して感情的になりやすくなります。しかし現実の訪問看護の現場では、スタッフのスキルや状況は一様ではなく、理想通りにいかないことが前提です。期待とのズレに対して、どう受け止めるかが管理者として問われるポイントとなります。

「正義感」が怒りを強化する

もう一つ注目すべき点は、「利用者のために」という正義感が怒りを強める傾向にあることです。看護職としての使命感が強い人ほど、「こんな対応では利用者に不利益が出る」「このままでは信頼を失う」といった危機感から、感情的な反応をしてしまうことがあります。

一方で、こうした怒りは「誰のために怒っているのか」が曖昧になると、単なる感情のぶつけ合いに変わってしまいます。感情の背景にある「価値観」や「目的」を管理者自身が把握しておくことが重要です。

怒りは「悪」ではなく「サイン」である

怒りはマイナスな感情として捉えられがちですが、実は「今、自分が何に困っているか」を教えてくれる重要なサインでもあります。自分の中の優先順位や価値観に気づく手がかりとして、怒りを無視するのではなく「観察する」姿勢が求められます。

「なぜ、今、こんなにイライラしているのか?」と自問するだけでも、冷静さを取り戻すきっかけになります。怒りを「制御する」よりも、「理解する」ことから始めることが、訪問看護の現場における第一歩と言えるでしょう。

「怒ってしまう自分」は本当に悪いのか?

怒りを感じるのは「正常な反応」である

訪問看護の管理者が怒りを感じたとき、多くは「感情的になってしまった」「もっと冷静に対応すべきだった」と自分を責めがちです。しかし、怒りの感情は人間にとってごく自然なものであり、それ自体を否定する必要はありません。むしろ、怒りを感じるということは、「何かが許容できないラインを越えた」サインであり、それは健全な自己防衛の反応でもあります。

例えば、スタッフの重大な判断ミスや、利用者への不適切な対応を見たときに感情が動くのは、「それを許してはいけない」という正義感が働いている証拠です。問題なのは怒ることではなく、その怒りをどう表現するか、どこに向けるかという点です。

「感情の表出」が職場に与える影響

訪問看護の管理者は、現場の中心的な存在であるため、その言動はスタッフに強い影響を与えます。感情のままに怒鳴ったり、否定的な言葉を投げかけると、職場の雰囲気は一気に緊張し、スタッフの委縮や対立を招くことがあります。

一方で、怒りを適切に言語化し、冷静に伝えることで、信頼関係を損なうことなく指導ができるケースもあります。大切なのは「感情の否定」ではなく、「表し方の選択」です。怒っているときこそ、事実を丁寧に切り出す力が管理者には求められます

「怒らない=無関心」ではない

管理者の中には「怒らないように」と意識するあまり、言いたいことを言えずに我慢してしまう人も少なくありません。しかし、それが積み重なると、心の中に「言っても変わらない」「もうどうでもいい」という無力感や諦めが生まれ、チームへの関与度が低下してしまう危険性があります。

怒りを感じるということは、「その問題に対して関心がある」「良くしたいと思っている」ことの裏返しです。適切な怒りは、むしろ「本気で関わっている」ことの証です。それを否定せず、自分の意図や目的を明確にした上で表現することが、信頼される管理者のあり方につながります。

「怒り」は関係性の質を深めるチャンスでもある

適切なタイミングと方法で怒りを伝えることは、相手との関係を断絶させるどころか、むしろ深める機会にもなり得ます。スタッフが「自分の行動に対して真剣に向き合ってくれた」と受け止めれば、それは信頼や学びに変わります。

怒りを単なる「爆発」ではなく、「伝える手段」として扱えるようになることが、管理者としての成熟を意味します。「怒ることが悪い」のではなく、「どう怒るか」が問われているのです。

訪問看護におけるアンガーマネジメントの基本ステップ

怒りの「ピーク時間」を知り、まずは「6秒待つ」

アンガーマネジメントの基本として知られているのが、「怒りのピークは6秒間」という考え方です。つまり、強い怒りを感じた瞬間から6秒間さえ冷静に過ごせれば、その後の感情は徐々に落ち着いていきます。これは訪問看護の現場でも非常に有効です。

例えば、スタッフから想定外の報告を受けたとき、すぐに言い返すのではなく、まず6秒間深呼吸をしてみる。その短い間に

今、自分が怒っているのはなぜか」「どの点に納得できていないのか」を頭の中で整理する

だけで、その後の言葉の選び方は大きく変わります。

怒りの「地雷」を特定しトリガーを把握する

怒りには個人ごとの「スイッチ」が存在します。例えば、「報連相が遅い」「責任感が薄い」といった行動に強く反応してしまう人もいれば、「感謝の言葉がない」「反応が冷たい」といった態度に怒りを感じる人もいます。これらの“感情の地雷”を自覚しておくことは、怒りの予防につながります。

訪問看護の管理者としては、日々の中で自分がイラっとした場面を振り返り、

そのとき、どんな状況だったか」「誰に対して、どんな期待が裏切られたと感じたか」を記録しておく

と、自分の傾向が見えてきます。

感情を「事実と言葉」で切り分ける

怒りの感情に飲まれてしまうと、「お前はいつもこうだ」「なんでそんなこともできないんだ」といった人格否定に陥りがちです。これでは相手に伝わるどころか、関係を悪化させるだけです。

アンガーマネジメントでは、「事実」と「感情」を明確に分けることが求められます。

例えば、「○月○日の訪問で、報告がなかった件について困った」と、具体的な出来事に焦点を当てて伝えることで、相手も冷静に受け止めやすくなります。

「感情を否定せず言葉にする」訓練を日常化する

怒りを溜め込むことは感情の爆発を招きます。むしろ、怒りの芽が小さいうちに、「今のやりとりで、少しひっかかりました」「ちょっと気になるので確認させてください」と言葉にしておくことで、信頼関係を崩さずに本音を伝えることができます。

このような「感情の言語化」は一朝一夕では身につきません。日常的に「自分は今どう感じたか」を言葉にする習慣を持つことで、感情と行動を切り離す力が鍛えられます。

「怒らなくても伝えられる」状態をつくる

最終的に目指したいのは、「怒らないと伝わらない」という状態から脱却することです。感情に頼らず、言葉と関係性の中で必要なことを伝えられるようになれば、管理者自身のストレスも大きく軽減されます。

そのためには、ふだんから「伝えやすい関係性づくり」と「早めの声かけ」を意識しておくことが重要です。怒りが必要な場面は、実はそれほど多くないということに気づけるはずです。

トラブル対応時、管理者が意識すべき言動とは?

感情ではなく「事実」に基づいた言葉選びを

訪問看護の現場では、突発的なトラブルやスタッフ間の誤解が発生しやすく、管理者はその仲裁や対応を求められる立場にあります。このような場面で重要なのは、感情ではなく事実をもとに冷静に話す姿勢です。

たとえば、

「どうしてそんなことをしたの?」

ではなく、

「このとき、どう判断したのか教えてもらえる?」

と聞くだけで、相手の防衛反応は大きく変わります。怒りをぶつけるのではなく、状況の背景を聞き取ることに重きを置くことで、相手も自らの行動を客観的に振り返るきっかけとなります。

「問いかけ」でスタッフの気づきを促す

管理者の言葉には影響力があります。その力を「正す」ために使うのではなく、「気づかせる」ために使うことが重要です。たとえば、「次から気をつけてね」ではなく、「今回のことから、何に気づいた?」という問いを投げかけることで、相手自身が学びを得る構造になります。

訪問看護では個別判断が多いため、「教えられたことを守る」よりも、「どう考えるか」が問われる場面が頻繁にあります。だからこそ、管理者がスタッフに思考のきっかけを与えることが、再発防止だけでなく育成にもつながるのです。

「共感」と「期待」は両立できる

怒りを我慢して穏やかに接するだけでは、問題の本質に触れることができません。一方的な叱責もまた、相手を萎縮させるだけで終わってしまいます。そこで意識したいのが、「共感」と「期待」を同時に伝える方法です。

たとえば、

「焦っていたんだよね、それはよくわかる。でも、その中でもこうしてくれたらもっと安心できたよ」

といった言い方です。相手の気持ちを否定せずに受け止めた上で、今後の期待を伝えることで、関係性を損なわずに改善を促すことができます。

「場の空気」ではなく「信頼」を軸に動く

現場の雰囲気を壊したくない、スタッフとの関係を悪くしたくないという理由から、あえて何も言わずに終わらせる対応は、一時的には穏便でも、長期的には問題の温存につながります。

本当に信頼される管理者とは、「言うべきことを、丁寧に、正直に伝える人」です。感情を抑えるのではなく、誠実な意思表示として伝える。この姿勢が、スタッフからの信頼を支える基盤になります。

状況に応じた“距離感”の調整がカギ

全員に同じ対応をする必要はありません。経験が浅いスタッフには丁寧な説明を、ベテランには問いかけを中心に対応するなど、相手に応じた距離感の調整が重要です。

トラブル対応の場こそ、その人との関係性を深め直すチャンスと捉えましょう。怒りを「伝え方次第で信頼につながる要素」に変える意識が、管理者の力量を左右します。

明日から実践できるアンガーマネジメントの習慣

習慣化が感情コントロールの基盤をつくる

アンガーマネジメントは、一度学んだからといってすぐに効果が出るものではありません。日々の中で小さな習慣として取り入れ、継続することで初めて効果が実感できるようになります。訪問看護の現場という変化と対応力が求められる環境だからこそ、「継続可能な取り組み」を重視することが重要です。

以下に、訪問看護の管理者が明日から取り入れられる具体的なアクションを紹介します。

Next Action|すぐに取り入れられる習慣

1. イライラメモを3日間つけてみる

その日感じた「イラっとした場面」を簡単にメモし、「誰に/どんな状況で/なぜ」と3つの視点で記録します。数日続けるだけで、自分が何に反応しやすいかの傾向が見えてきます。

2. 感情に名前をつける“ラベリング”を試す

「怒っている」ではなく、「失望した」「不安だった」「裏切られたように感じた」など、より具体的な言葉で感情を表現する練習です。言語化することで冷静さが戻りやすくなります。

3. スタッフとの1on1で「自分の気づき」を共有する

「実は今日、自分も感情を抑えるのに苦労した場面があって…」など、自身の振り返りを率直に共有することで、管理者も感情に向き合っている姿勢が伝わり、信頼につながります。

4. 「怒る前に確認する3つの質問」を決めておく

  • 今、自分が怒っているのは何に対してか?
  • それは本当に“相手の責任”か?
  • この怒りをどう伝えれば関係が前向きになるか?

このような問いを持つことで、感情の暴走を抑えることができます。

5. 週1回「もやもや共有ミーティング」を設ける

スタッフ同士が「最近ちょっとひっかかったこと」を気軽に共有できる時間をつくることで、感情の溜め込みを防ぎ、早期に気づき合える関係性が生まれます。

6. 1日1回「ありがとう」と口にする習慣をもつ

怒りの予防には、「良いことに目を向ける」習慣も効果的です。忙しい現場の中でも、誰かの行動に感謝を伝えるだけで、相手にも自分にも良い影響が生まれます。

管理者自身が「変化の見本」となる

こうした取り組みは、一見すると小さなことのように見えますが、積み重ねることで現場の信頼関係や雰囲気を大きく変える力があります。管理者が率先して実践することで、スタッフにも自然とその姿勢が広がり、怒りに振り回されないチームづくりへとつながっていきます。

怒りの感情は、誰にでも起こる自然な反応です。しかし、訪問看護という個別性の高い現場においては、管理者がその感情をどう扱うかが、チーム全体の雰囲気や信頼関係に大きく影響します。アンガーマネジメントは、感情を抑え込む技術ではなく、冷静に伝え、関係を築くためのコミュニケーションの力でもあります。まずは、自分自身の感情と向き合うところから始めてみましょう。小さな実践の積み重ねが、やがて職場の信頼と安定を支える礎となります。



監修者:権守 泰純(Yasuyoshi Gonmori)

株式会社HOAP代表取締役。2022年に創業し、医療・介護業界に特化した採用支援事業を展開。現在は訪問看護・訪問診療訪問歯科など在宅分野からクリニックなど、業界特化で採用支援事業を展開。


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