訪問看護ステーションのスタッフ定着における5つのポイント

ポーズをする訪問看護師

訪問看護ステーションのスタッフ定着における5つのポイント

「せっかく採用しても、数か月で辞めてしまう」
「育てて一人立ちしたと思ったら転職してしまう」。

訪問看護ステーションを運営する中で、このようなスタッフ定着に関する悩みは少なくありません。とくに中小規模の事業所では、一人の離職がチーム全体に大きく影響するため、採用と同じくらい“定着”が重要なテーマとなっています。

しかし、なぜ訪問看護では「続かない」と言われることが多いのでしょうか。人間関係や福利厚生の不足という観点ではなく、「採用時の期待と実態のギャップ」や「日常のやりとりの積み重ね」が影響している場合もあります。 また、「スキルが高い人なら長く働いてくれるはず」という前提で採用してしまうことで、かえってミスマッチが生じることも珍しくありません。

本記事では、訪問看護業界における定着のヒントを5つの視点から提示します。「制度を整えても辞められてしまう」「いい人を採ったのに続かない」と感じている方こそ、一度立ち止まり、定着につながる日常の工夫を考えるきっかけにしてください。

目次

なぜ訪問看護では定着しないと言われるのか?

病院と訪問看護の「ギャップ」が離職の引き金になる

訪問看護ステーションにおいて、「スタッフが定着しない」という課題は全国的にもよく聞かれます。特に病院勤務からの転職者にとっては、訪問看護という働き方が想像以上に個別対応であること、自分で判断を下す場面が多いことに戸惑いを覚えるケースが少なくありません。

例えば、「病院よりも自由そう」「一人の対応で気楽そう」「夜勤がないので楽そう」といった印象を持って入職した方が、実際には一人で判断し、一人で動き、一人で責任を持つ訪問の現実を前にして不安を抱く。このようなギャップが離職を引き起こすことがあります。

定着の妨げになる「孤独感」と「責任の重さ」

訪問看護では、基本的に利用者宅に一人で伺うスタイルが主流です。利用者の病状はもちろん、生活環境や家族構成もまちまちで、どのように対応するかを都度現場で判断する必要があります。この「自分で考え、動く」責任の重さは、業務経験のある看護師であっても精神的な負荷となる場合があります。

病院では、何かあればすぐに周囲に相談できる環境がありますが、訪問看護ではそうはいきません。「誰にも頼れない」「失敗できない」という感覚が続くことで、プレッシャーが蓄積し、離職を考えるきっかけになることがあります。

管理者が見落としがちな「退職理由の言語化」

離職理由についてスタッフに直接聞いても、「なんとなく合わなかった」「思っていたのと違った」という曖昧な言葉で返されることが多いかもしれません。しかし、その背景には「チームとの関係性の薄さ」「オンコールや緊急対応の負担感」「働き方の柔軟性の不足」など、具体的な違和感があることがほとんどです。

定着に向けて最初にすべきことは、スタッフがなぜ辞めたのか、その要因を曖昧にせず掘り下げて見つめ直すことです。言語化しないままに「うちに合わなかったのだろう」と片付けてしまえば、同じような離職が繰り返されることになります。

スタッフの「居場所感」がつくれているか?

スキルや待遇よりも「つながり」が定着を左右する

訪問看護ステーションにおいて、スタッフが長く働き続けるためには、「働きやすさ」だけでなく、「ここにいていい」と感じられる居場所感が欠かせません。

たとえ福利厚生が整っていても、評価や給与が一定水準を満たしていても、「チームに自分の存在が必要とされている」と実感できなければ、定着にはつながりません。

実際、多くの管理者が「働きやすさを追求して福利厚生を整えたのに辞めてしまう」「負担を減らす施策を講じているのに辞めてしまう」と悩む背景には、こうした心理的なつながりの希薄さがあることが多いのです。

日常に埋もれてしまう孤立のサイン

訪問看護の業務は基本的に個別行動です。ステーション内での滞在時間が短く、報告や申し送りもチャットやオンラインミーティングで済ませられる今、業務上の会話だけで一日が終わることも珍しくありません。しかし、そのような日常の中にこそ、孤立のサインは潜んでいます。

「訪問から帰ってきても誰とも話さない」「困ったことがあっても誰に相談すべきかわからない」「直行直帰なので相談相手がいない」など、こうした状態が続けば、スタッフは自然と「自分はここに必要とされていないのでは」と感じてしまいます。

「何を話してもいい」と思える安心感の有無

安心して長く働ける環境とは、「何かあったときに相談できる人がいる」「日常の小さな変化に気づいてもらえる」といった関係性の土台がある職場です。

とくに訪問看護では、利用者対応に関して一人で判断を下す場面が多いため、その分「振り返る場」や「ちょっとした相談」が心理的な支えになります。

これは、特別な制度や研修を整えるという話ではなく、「今日、何件だった?」「無理してない?」といった日常会話のなかにこそ、安心感は宿ります。

マネジメントの立場であるほど、制度や数字に目が向きがちですが、スタッフが「居場所」と感じるのは、数値化できない「空気」の積み重ねです。

「ズレた期待」で採用していないか?

面接で伝える「理想像」が実態とかけ離れていないか?

訪問看護ステーションでスタッフが早期に離職する要因の一つに、「採用時点での期待と実際の業務のズレ」があります。採用活動の中で、「自由な働き方」「自分の裁量で進められる」といった前向きなイメージだけを強調しすぎてしまうと、入職後に感じる現実とのギャップが大きくなり、結果として「こんなはずではなかった」と早期の離脱につながります。

もちろん、ポジティブな側面を伝えること自体が悪いわけではありません。問題は、「厳しさやリアルな一面」をどこまで伝えているか、という点です。

「一人で判断しなければいけないときがある」「オンコール対応がある」「経験したことのない症例を看ることもある」など、負担感を伴う側面も含めて説明することが、ミスマッチを防ぐためには欠かせません。

「人が辞める」のではなく「情報が足りなかった」だけかもしれない

面接時に「病院より自分のペースで働ける」と聞いて入職した方が、「自由ではあるけれど、その分責任が重すぎる」と感じて辞めてしまうケースは少なくありません。

このような場合、「人が合わなかった」「本人の問題だった」と片付けてしまいがちですが、実際には「仕事内容のイメージ」をすり合わせる機会が足りなかった可能性があります。

求人や面接の段階で、業務の流れや1日のスケジュール、想定される困難などを具体的に伝えていれば、入職後の戸惑いは減らせます。

「できるだけ詳しく伝えすぎないほうがいいのでは?」と考える管理者もいますが、むしろリアルな説明こそが、入社前後のギャップを軽減し、信頼と定着につながるのです。

「選ばれる」より「選んでもらう」姿勢へ

採用難が続く中、「まずは応募してもらわなければ」と焦る気持ちは当然です。

しかし、無理に理想像をつくりすぎてしまうと、早期のミスマッチが繰り返され、結果的に採用コストと時間が失われるという悪循環に陥ります。

選考の場では、「うちはこういうステーションです」と伝えるだけでなく、「この働き方、あなたにとってどう感じますか?」と問いかけることが重要です。相手に考えてもらい、納得して選んでもらうことで、初めて「続く採用」が実現します。

「できる人」より「続けられる人」を採用しているか?

即戦力=長続きするとは限らない

「臨床経験が豊富だから」
「マネジメントもできそうだから」
「訪問看護で管理者の経験があるから」

──このような理由で即戦力として採用したスタッフが、意外にも短期間で退職してしまうケースは少なくありません。

訪問看護ステーションにおいて求められるのは、単なる技術力だけではなく、「日々の訪問業務を、自律的に、かつ継続して担える気質」を持った人材です。

即戦力という言葉には、「すぐに動ける」という魅力がある一方で、「すぐに辞めてもおかしくない」というリスクもはらんでいます。現場にマッチする人材とは、能力の高さよりも、ステーションの文化や価値観、利用者との距離感にフィットする人であることが多いのです。

合う・合わないを見極める基準を用意できているか?

採用面接の場では、「スキル」や「経験」にばかり注目しがちですが、むしろ確認すべきなのは「どんな環境で働きやすいと感じるか」「どんなときにモチベーションが落ちるか」といった本人の傾向です。

スタッフが「なぜ前職を離れたのか」「どんなときに不安になるのか」などを丁寧に聞き出すことで、続けられる人かどうかのヒントが得られます。また、「訪問中に困ったとき、どう対応するか?」などの想定質問を通じて、思考のクセや価値観を把握するのも有効です。

技術や資格はあとからでも補えますが、思考の傾向や行動スタイルは、簡単には変えられません。

「育てて育つ」を前提に置く採用へ

「自律して動ける人がほしい」と考えるのは自然ですが、実際にはほとんどの人が最初は不安を抱えながらのスタートです。にもかかわらず、最初から完璧を求めすぎてしまうと、定着につながる余白がなくなってしまいます。

定着率を上げたいと考えるなら、「最初は未熟でも、ここで育てていけるか」という視点で見ることが重要です。

そして、スタッフ自身にも「失敗しても受け入れてもらえる環境だ」と思ってもらうことが、継続の土台となります。

訪問看護ステーションのスタッフ定着における5つのポイント

①「日常の安心感:がもっとも強い定着要因になる

訪問看護の現場では、給与や福利厚生といった条件面だけでなく、日々の人間関係や心理的な安心感が、スタッフの継続意欲に大きな影響を与えます。

たとえば、訪問からステーションに戻ったときに交わす何気ない「おかえりなさい」の一言、あるいは「今日どうだった?」という声かけ。こうした小さな関わりが、スタッフにとっては「見守られている」「気にかけてもらえている」という安心感につながります。特に訪問看護では、業務の大部分が一人対応であるため、自身の行動がどれほど組織にとって意味を持っているかを感じにくい傾向があります。

だからこそ、日々のなかで「あなたがいるから助かっている」というメッセージを、明確な評価だけでなく、日常の言葉や態度として届けることが求められます。

また、こうした安心感は、単にやさしく接すればよいということではなく、「何かあったときに頼れる人がいる」「悩みを出しても否定されない」という信頼の積み重ねにより成立するものです。

福利厚生の充実化や絵労働条件の整備も大事ですが、こうした「関係性」の密度が、定着の土台になることを忘れてはなりません。

②「見られている感覚」と「認められる感覚」のバランスをとる

スタッフが安心して働き続けられるステーションでは、「誰かが自分の仕事を見てくれている」「頑張りがきちんと伝わっている」という感覚が、日常的に存在しています。

一方で、ただ見られているだけでは、監視されているように感じてしまい、かえってストレスとなることもあります。重要なのは、見られていること=評価されていること=信頼されていることという文脈で伝えることです。

たとえば、訪問先での対応について、「あの時の判断、よかったね」「利用者さんの様子、ちゃんと気づいていたね」と具体的に伝えることで、スタッフは自分の判断や動きがチームに貢献していることを実感できます。

こうした認められているという感覚は、日々の業務に対するモチベーションを保つだけでなく、「この職場で続けていこう」という意思を育てる要素にもなります。

また、評価や声かけの頻度には個人差があるため、スタッフ一人ひとりの反応や性格に応じて、伝え方を工夫することも大切です。一律の褒め言葉ではなく、「この人にはこういう伝え方が届きやすい」といった視点を持ち、マネジメントの質を高めていくことが、定着への大きな一歩になります。

③「思い込みによる採用」が定着を遠ざける

採用において、「経験があるからすぐに慣れるだろう」「自信がありそうだから任せても大丈夫そう」といった印象だけで判断してしまうことは、実は大きなリスクを伴います。

訪問看護に必要なスキルは、医療技術だけではなく、変化する環境に柔軟に対応する力や、一人で行動する中でも人と関係を築く姿勢です。

そのため、単にできそうな人を採るだけでは、実際の業務のなかでつまずきやすく、結果として早期離職につながることがあります。

また、経験豊富な人材ほど、自身の過去のやり方や価値観を強く持っている場合もあり、ステーションの方針や文化とのズレが顕在化しやすいという側面もあります。

一方で、経験が少なくても周囲に素直に相談できる、チームの意見を取り入れられるといった人材は、ステーションとの相性が良ければ長く活躍できる可能性があります。

そのため、面接や選考時には「この人はどんな考え方で仕事に向き合ってきたか」「どんな人との関係性を大切にしているか」といった、人柄や価値観のすり合わせを丁寧に行うことが、定着に直結するポイントとなります。

④「採用前のすり合わせ」がミスマッチを防ぐ

スタッフが「こんなはずではなかった」と感じて離職するケースの多くは、入職前の情報共有が不足していたことに起因しています。

特に訪問看護は、外から見ると自由度が高く、自分のペースで働けそうに見える反面、実際には高い判断力と責任感を求められる仕事です。

それゆえ、あらかじめ業務の具体的な内容や大変さを正直に伝えていない場合、入職後に強いギャップを感じ、早期退職を招く可能性が高くなります。

たとえば、「1日の訪問件数」「移動時間」「オンコールの対応頻度」「緊急時の判断責任」など、働くうえでの負担やプレッシャーを具体的に説明することで、応募者自身も「ここで働き続けられるかどうか」を自分ごととして考えることができます。

この段階で「思っていたよりも難しそう」と感じて辞退する人がいたとしても、それはむしろミスマッチを防ぐ健全な判断です。

採用活動は、

「人を集めること」

ではなく、

「合う人に来てもらうこと」

が本質です。

だからこそ、ポジティブな情報だけでなく、実態に即した情報を事前に提示し、採用の入口で丁寧なすり合わせを行う姿勢が、長期的な定着につながるのです。

⑤管理者自身が現場に関心を持ち続ける

スタッフの定着は、制度や外形的な条件よりも、「人と人との関心」によって支えられています。

特に管理者が、スタッフの日常や感情に関心を寄せているかどうかは、職場全体の「温度」に直結します。

管理職の多くは業務の効率や経営数値に目が向きがちですが、だからこそ意識的に「人」に目を向けることが重要です。

たとえば、「最近元気がないように見える」「いつもより発言が少ない」など、ちょっとした変化に気づき、声をかけられるかどうか。こうした些細なやりとりが、スタッフにとっては「見てくれている」「大切にされている」と感じるきっかけになります。

また、現場に出る頻度が少なくても、チャットでの声かけや1対1の雑談の場を設けるなど、関係性を築く努力は常に可能です。

管理者の姿勢や関心の方向は、スタッフにとっての「働きやすさ」に直結します。

誰が何を言ったかよりも、「管理者がどれだけ自分たちを理解しようとしているか」が、定着を左右する大きな要因となります。

まずは、「管理する」よりも「関心を持つ」ことから、スタッフとの関係づくりを始めていくことが大切です。



監修者:牟田 健登(Kento Muta)

株式会社クルージズ・テクノロジーズ代表取締役。2021年に創業し、在宅医療・介護業界に特化した人事コンサルティング・人事評価SaaSを展開。訪問看護ステーションや訪問介護ステーションを中心にサービスを展開中。

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