クリニック運営におけるカルチャーフィット重視の採用と浸透法

クリニックの受付で談笑するスタッフたち

「スキルも経験もある。でも、なぜかうまくいかない」

採用やスタッフ運営に関わる方なら、一度はそうした違和感を抱いたことがあるのではないでしょうか。たとえば、言葉遣いや振る舞いに馴染めなかったり、チームの進め方に違和感を持たれたり。こうした「なんとなく合わない」感覚の正体は、しばしば「カルチャーフィットの不一致」にあります。

医療機関であるクリニックは、一般企業と違って少人数の現場が中心です。院長とスタッフ、受付と看護師といった多職種が密に連携するなかで、言語化しきれない価値観や雰囲気が業務に影響を及ぼします。そのため、「スキルがある人を採ればうまくいく」という考えだけでは、思わぬところで摩擦が起きる可能性があります。

一方で、「この人なら一緒にやっていけそうだ」と感じられる人材は、自然と現場に馴染み、業務の効率だけでなく雰囲気づくりにも貢献します。では、その“合う・合わない”を、どのように見極め、組織として共有していけばよいのでしょうか。

本記事では、採用や育成の場面で「カルチャーフィット」を軸に考える意義と、実際に現場でそれを浸透させていくための方法を、段階的にひも解いていきます。

目次

なぜスキルだけでは「価値観が合わない」問題を防げないのか?

「技術がある人」が“合う人材”とは限らない

クリニックの現場では、採用時にスキルや資格を優先してしまう傾向があります。もちろん、医療行為には一定の技術が必要であるため、経験や知識を重視することは間違いではありません。しかし、いざ入職してみると「期待したほど馴染まない」「仕事はできるのに、なんだか違和感がある」と感じるケースも少なくありません。

それは、スタッフの「価値観」や「ふるまい」が、職場のカルチャーとずれているからです。たとえば、患者さんへの声かけひとつ取っても、「効率重視で素早く終わらせたい人」と「1人ひとりに丁寧に向き合いたい人」では対応のスタイルがまったく異なります。このズレが積み重なると、チーム内の連携や雰囲気に悪影響を及ぼすのです。

「カルチャーが合わない」ことがチーム全体に与える影響

価値観が異なる人が職場に入ると、仕事の進め方や会話のトーンひとつひとつが摩擦の原因になります。たとえば、「空気を読んで動いてほしい」と思っていたのに、「指示されないと動かない」と捉えられてしまったり、反対に「自主的に動いてくれて助かる」が「勝手にやってしまって困る」と捉えられることもあります。

こうした「カルチャーフィットの欠如」は、最初は小さな違和感として始まり、やがて「コミュニケーションが取りづらい」「信頼しきれない」という状態に発展していきます。結果として、本人も周囲もストレスを抱えやすくなり、離職や関係悪化につながるのです。

採用時に価値観の合う人を見極める難しさ

面接では「明るく前向きな方」などの抽象的な表現が用いられがちですが、実際の現場で求められるのはもっと具体的なふるまいです。たとえば、「忙しいときでも患者さんに笑顔で対応できる人」「曖昧な指示にも柔軟に対応できる人」など、目に見える行動のイメージがあってはじめて、カルチャーとの相性が判断できます。

このように、「スキル」ではなく「カルチャーに合うかどうか」の視点で人を選ぶには、職場としての価値観や日常のやり方をしっかり言語化しておく必要があります

「うちに合う価値観」を言語化する重要性

スタッフが違和感なく働ける環境をつくるためには、「どんな価値観を持った人が合うのか」を明確にしておく必要があります。たとえば、「人の失敗を責めない雰囲気を大事にしている」「仕事の合間に雑談がある職場が心地よい」など、些細なことでもそれが「その職場らしさ」を構成しています。

こうした価値観を明文化することで、採用時のミスマッチが減るだけでなく、入職後の育成や定着支援にも効果を発揮します。

カルチャーフィットが弱い職場で起きている「すれ違い」とは?

「価値観が合わない」と感じたとき現場では何が起きているか

「この人、悪い人ではないけど、なんか噛み合わない」

そんな感覚が職場で広がるとき、実際に現場で起きているのは小さなすれ違いの積み重ねです。具体的には、「報連相のタイミングがズレる」「患者対応のトーンが合わない」「言わなくても伝わると思っていたことが伝わらない」など、些細に見える行動の違いが、スタッフ間の信頼形成を妨げていきます。

このズレの背景には、スタッフそれぞれの持つ価値観や職業観の違いがあります。たとえば、「患者さんに対して丁寧すぎるのはかえって効率が悪い」と考えるスタッフと、「一人ひとりを大切にしたい」というスタンスのスタッフが同じ空間にいると、対応の姿勢そのものに違和感が生じやすくなります。

「カルチャーが合わない」と感じる場面は意外と日常にある

価値観のズレが表面化しやすいのは、特別なトラブルが起きたときではなく、日常のやり取りの中です。たとえば以下のようなケースは、クリニック現場で頻繁に起きています。

・「患者さんへの声かけがフレンドリーすぎて気になる」
・「昼休みに雑談がないのが寂しいと感じている」
・「忙しい時間帯に気を利かせてほしいのに、指示を待っているだけ」

これらはすべて、技術やマニュアルで解決できる問題ではありません。なぜなら、それぞれの行動の背後にある「当たり前」や「気の使い方」が異なっているからです。

コミュニケーションがぎこちなくなる理由

カルチャーフィットが弱い職場では、スタッフ同士の会話にも違和感が生まれます。「この人には何をどう伝えたらいいのか分からない」「誤解を招くのが怖くて言いたいことが言えない」といった心理的な壁が生まれ、結果として業務連携に支障が出てしまうのです。

さらに問題なのは、こうした「空気の悪さ」は患者にも伝わるという点です。スタッフ同士がぎこちなく接していれば、患者も安心感を得にくくなり、クリニック全体の印象にも影響します。

「離職理由が見えにくい職場」の共通点

表向きには問題がないように見えるのに、スタッフが定着しない職場には共通点があります。それは、「カルチャーが合わない」ことに誰も言語化で向き合っていないという点です。スタッフが辞める理由として、「人間関係が合わなかった」「雰囲気に馴染めなかった」といった曖昧な表現がされることが多く、それが改善に結びつかないまま同じことが繰り返されます。

しかし、この「なんとなくのズレ」を無視し続けている限り、採用の手間も、定着支援の労力も無駄になってしまいます。

カルチャー不一致は誰のせいでもない

ここで大切なのは、「誰かが悪い」という視点ではなく、「相性が合わなかっただけ」と捉えることです。そして、どんな職場にも合う人・合わない人がいるという前提に立ち、「どんな価値観を大事にしているチームか」を明らかにすることが求められます。

そのためには、「うちの職場にはこんな人が合う/合わない」を共通言語として持ち、スタッフ間で自然に話し合える状態をつくることが第一歩となります。

「うちに合う人」をどう言語化するか?

「カルチャーに合う人」の共通点をスタッフの体験から探る

「うちの職場に合う人って、どんな人ですか?」という問いに即答できるクリニックは多くありません。しかし、「最近入った○○さんはすごく馴染んでいる」といった話は、現場から自然に出てくることが多いものです。ここに「言語化のヒント」が詰まっています。

たとえば、あるスタッフが「患者さんの名前を覚えるのが早くて、すぐに打ち解けていた」と評価されているなら、それは「人に興味を持てること」「関係づくりを楽しめること」がそのクリニックに合っているということです。また、「忙しいときに、自分から他の人の仕事を手伝っていた」などの行動が称賛される職場であれば、「自分の仕事だけでなく、全体を見られること」がカルチャーとして重視されていると読み取れます。

このように、日々の業務や関係性の中で「好まれる行動」や「心地よいふるまい」を振り返ることが、カルチャーフィットの要素を言語化する第一歩です。

「価値観の合う人」を具体的な行動で定義する

「うちはチームワークを大事にしています」「丁寧な対応を重視します」などの表現は、理念的には間違っていません。しかし、抽象的なままでは採用面接や育成の現場で機能しません。カルチャーに合う人材を見極めるためには、もっと具体的に「どんな場面で、どんな行動をする人か」という形で言語化する必要があります

たとえば、「患者さんが来院された瞬間に立ち上がって挨拶できる」「処置後に『今日もお疲れさまでした』と自然に声をかけられる」といった具体的な動きに落とし込むことで、面接での質問にも、現場でのフィードバックにも活用しやすくなります。

また、「トラブルが起きたときに責任転嫁をせず、まずは事実を共有できる」といった価値観も、チームの信頼関係を支える重要な要素です。これらをあらかじめ言語化しておくことで、採用段階でも「その人が合うかどうか」を見極めやすくなります。

「合わない人」の特徴から逆算して考える

「合う人」を考えるうえで有効なのが、「逆に、どんな人が合わなかったか」の振り返りです。実際に早期離職したケースや、現場での摩擦が多かったケースを具体的に思い出してみると、「報連相が少ない人は不安にさせる」「相手の気持ちに踏み込むのが苦手な人はチームに馴染みにくい」などの共通点が見えてきます。

これは批判や否定のためではなく、自分たちのチームが大切にしている「暗黙の前提」を可視化する作業です。たとえば「完璧主義な人より、8割で動ける人が合っている」「ひとりで黙々とやるタイプより、こまめに確認を取り合う人が向いている」など、言語化することで、採用基準がぶれにくくなります。

スタッフ同士の「そうそう、それあるよね」という共通認識を言葉にしていく過程が、そのままカルチャーを育てることにもつながっていきます。

採用広報やSNSにも「うちのカルチャー」を表現する

「うちはこんな価値観の職場です」と言葉で説明するだけでは、なかなか伝わりません。採用ページやInstagramの投稿など、視覚的・感情的に伝えられる場で「うちのカルチャー」が自然に表現されていることが重要です。

たとえば、インスタグラムに「子どもが熱を出したとき、遠慮なく直帰できた」といったエピソードを投稿すれば、「そういう柔軟性がある職場なんだ」と伝わります。「うちの職場、こんな人は合わないかも」という投稿に共感が集まることで、「リアルな文化を発信している職場」としての信頼感も高まります。

文字情報よりも、スタッフの表情や日常の風景が伝える“空気”が、カルチャーフィットの入口になります。発信と内省を同時に行う場として、SNSは有効な手段です。

採用・面談でカルチャーフィットを見極めるには?

「価値観を問う質問」を用意しておく

採用面接の場では、どうしても「経験年数は?」「レセプトできますか?」といった実務的なやり取りに終始しがちです。しかし、スキルだけでは職場に馴染むかどうかは見えません。そこで重要になるのが、「どんな価値観で働いているか」を引き出す質問です。

たとえば、

「過去の職場で、うまくいったチームはどんな雰囲気でしたか?」
「職場で大切にしていたルールや習慣はありますか?」

といった問いかけをすることで、応募者が自然に話す「仕事観」や「人間関係の捉え方」が見えてきます

また、

「苦手だった人の特徴は?」
「その人とどう接していましたか?」

という視点からは、トラブル時の向き合い方や価値観の違いにどう対応するかが浮かび上がります。これは単に性格を知るためではなく、職場のカルチャーと“合うかどうか”を判断するための材料となります。

面談は「マッチングの場」であると伝える

面接は採用の場であると同時に、「相性を確認する場」であるという前提を応募者にも明示しましょう。特に医療系の人材は、「応募したからには絶対に受かりたい」「ミスマッチでも頑張ろう」という姿勢を持つ人が多いため、自分に合っているかどうかを冷静に見極める機会が得られにくくなりがちです。

だからこそ、「うちはこういう価値観の職場です」「こういう人が合いやすいです」と率直に伝えることで、応募者自身も判断しやすくなります。そのうえで「違和感があれば遠慮なく聞いてください」と伝えることで、無理な合意形成ではなく、納得感のあるマッチングが可能になります。

これは応募者への配慮だけでなく、職場側にとっても、後のトラブルや早期離職のリスクを減らす重要な工程です。

オンボーディングでカルチャーの橋渡しをする

採用が終わった後も、最初の1〜3ヶ月がカルチャーフィットの勝負所です。単に業務を教えるだけでなく、「この職場では、こういう言葉がけを大切にしています」「○○さんがこの行動をよくしてくれて助かっているんです」といったエピソードを共有することで、新しいスタッフが“らしさ”に触れる機会を増やしましょう。

また、育成担当者が「この人、どのあたりが合っていそうか」「どこに戸惑っていそうか」を言語化して記録しておくことで、他のスタッフともカルチャーの橋渡しがしやすくなります。

定期的な面談で「職場に違和感がないか」「どんな場面で戸惑ったか」を聞き取ることも有効です。ここでの小さなサポートの積み重ねが、定着率を大きく左右します。

「カルチャー浸透」のための具体的な取組み

「価値観を共有する場」をあえて日常に組み込む

多くの職場では、カルチャーや価値観の共有は年に一度のミーティングや新人研修の場だけで行われがちです。しかし、実際に価値観が育まれ、すり合わされるのは日々のちょっとした会話や行動の中です。だからこそ、日常の業務に“価値観を言葉にする場”を意識的に取り入れることが、カルチャー浸透の近道になります。

たとえば、朝礼で「今週あった“うちらしさ”を感じた出来事」を一人ひとりが共有する、終礼で「今日の感謝を伝える」時間を設けるなど、無理のない範囲で継続できるスタイルが望ましいでしょう。こうした場は形式的に行うのではなく、スタッフの言葉で語られることに意味があります。

「この行動、○○さんらしくて良かったよね」「こういう場面での判断って、うちらしいよね」という会話が自然と出てくる職場は、価値観が内面化されている証拠です。

「合う人・合わない人」の認識をチームで言語化する

カルチャーフィットを意識するうえで、「どんな人がうちに合っているか/合わないか」をスタッフ全体で共有しておくことは非常に有効です。これは否定のためではなく、“期待する関わり方”を揃える作業です。

たとえば、「言われたことはできるけど、自分から気づいて動くのが苦手な人は合いにくいかも」「チームで動くよりも一人で完結したい人はしんどく感じるかもしれない」など、過去の事例をもとにチームで話し合うことで、自分たちの“当たり前”がどこにあるかが見えてきます。

この認識があると、育成やマネジメントの場面でも「本人が悪いのではなく、環境との相性を見ていく」視点が持てるようになり、感情的な衝突や不満も起きにくくなります。

スタッフの行動を「カルチャーの表現」として肯定する

カルチャーは「理念」ではなく、「日々の行動の積み重ね」によって表現されます。そのため、スタッフが取った行動の中に「うちらしい」と感じたものがあれば、それを言葉にして返すことが大切です。

たとえば、「忙しいときに、自然と周りを見て声をかけてくれて助かりました」「患者さんの不安に一言添えていたのを見て、うちの良さが出ていると感じました」といった具体的なフィードバックは、スタッフの自信につながるとともに、他の人にも“こういうのがうちらしさなんだ”と伝わります。

このように行動→肯定→共有」のサイクルがまわることで、カルチャーは自然と浸透していきます

「発信」を通じて「らしさ」を見える化する

外部への発信も、カルチャーを言語化する手段の一つです。とくにInstagramなどのSNSは、求職者に職場の雰囲気を伝えるだけでなく、スタッフ自身が「うちってこういう職場だよね」と再確認する場にもなります。

たとえば、ある投稿が「この人たち楽しそう」「自分もこういう関係性がいい」と感じられるものであれば、それは“カルチャーの言語化”に成功している例です。また、「この制度があったおかげで、子育てと仕事を両立できました」といったストーリー投稿は、「柔軟な職場」「お互い様の関係性」といった価値観を表現するものになります。

内部の言語化と外部発信を同時に行うことで、採用にも現場の定着にもつながる好循環が生まれます。

Next Action:明日からできる5つの具体行動

1. 朝礼で「今週あったうちらしい出来事」を共有する時間を設ける
2. 面談で「合う/合わない人って、どういう人だと思う?」と聞いてみる
3. スタッフのふるまいに「それ、うちらしさ出てたね」とフィードバックする
4. 採用ページやSNSに“うちの当たり前”をスタッフの声で掲載する
5. 月1回のミーティングで「職場のらしさ」を見直す時間を取る

「カルチャーフィット」という視点は、採用の成功だけでなく、スタッフの定着や日々の職場づくりにも直結する重要な要素です。価値観の合う人と働くことで、チームは自然とまとまり、現場に余裕が生まれます。まずは「うちらしさ」とは何かをスタッフと共に言葉にし、日常の会話や行動の中で育てていくことが、信頼できる職場への第一歩となります。



監修者:権守 泰純(Yasuyoshi Gonmori)

株式会社HOAP代表取締役。2022年に創業し、医療・介護業界に特化した採用支援事業を展開。現在は訪問看護・訪問診療訪問歯科など在宅分野からクリニックなど、業界特化で採用支援事業を展開。


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