訪問看護の現場では、スタッフが日々一人で利用者や家族と向き合い、多くの判断を重ねながら業務を進めています。病院のように常に同僚と一緒に動ける環境ではないため、行ったケアや工夫が周囲に見えにくく、「本当に自分のやっていることは役に立っているのだろうか」と不安を抱きやすい職種でもあります。こうした背景から、スタッフの努力をどう認め、どのように言葉をかければ良いのかに悩む管理者は少なくありません。「ただ『ありがとう』と言うだけでは足りないのではないか」「褒めたつもりが逆におだてのように伝わってしまわないか」と感じる場面もあるのではないでしょうか。
一方で、褒めることをためらったままにしてしまうと、スタッフは「自分の行動は誰にも見てもらえていない」と感じ、孤立感やモチベーションの低下につながります。特に訪問看護は、個別性の高いケアを求められるため、日々の小さな努力や判断が積み重なって成果となります。それを具体的に言葉にして伝えることができれば、スタッフは「自分の力が認められた」と実感し、自信を持って働き続けることができます。逆に、抽象的で曖昧な言葉だけでは承認の実感を得られず、離職のきっかけになってしまうことさえあるのです。
つまり、訪問看護における「褒め方」は単なる労いではなく、人材を定着させ、チーム全体を安定して成長させるための重要な要素といえます。本記事では、褒め方の意義と注意点を整理したうえで、現場で実際に使える伝え方や仕組み化の工夫を具体的に紹介します。抽象的な「頑張っているね」ではなく、スタッフの努力や判断を正しく捉え、成長につながる褒め方をどう実践するか──そのヒントを順番に見ていきましょう。
なぜ訪問看護で「褒め方」が重要なのか?

成果が目に見えにくい職場環境
訪問看護は、病棟や施設と比べて成果が分かりづらい職場です。病棟では患者の回復や処置の効果が可視化されやすい一方で、訪問看護は「生活の安定」や「再入院を防ぐ」など成果が見えにくい特徴があります。そのため、スタッフは「自分は貢献できているのか」と不安を抱きやすいのです。
こうした場面で管理者が「あなたの対応でご家族が安心していた」と具体的に伝えることが、見えない成果を可視化する役割を果たします。特に新人にとっては、自分の力が役立っている実感を得る大きなきっかけとなり、働き続ける動機にもなります。
褒め方の有無が、その人の仕事への自信を大きく左右するのです。そしてその積み重ねが、職場全体の雰囲気にも影響していきます。最終的には「この職場で働く意味がある」と本人が確信できるかどうかに直結するのです。
「ありがとう」だけでは不十分になる背景
「ありがとう」という言葉は大切ですが、それだけでは承認として十分に伝わらないことがあります。スタッフは「どの点が評価されたのか」を知りたいからです。
例えば「訪問準備を丁寧にしてくれたから、急変時に落ち着いて動けたね」と具体的に伝えると、本人は自分の行動が職場にどう役立ったかを理解できます。逆に曖昧な言葉ばかりでは「形だけなのでは」と感じられ、信頼関係が弱まる恐れがあります。承認には具体性が不可欠なのです。具体的に伝える努力が、スタッフの成長意欲を引き出す土台になります。そしてその積み重ねが、結果的に専門職としての誇りを強めていきます。
具体性のある褒め方は、専門性を支える重要な教育機会にもなるのです。だからこそ管理者は、日常的に「どの点を褒めるか」を観察し続ける姿勢が欠かせません。
孤独感を和らげ、自己効力感を高める
訪問看護は一人での対応が多く、孤独感を抱きやすい仕事です。そのなかで「先日の訪問で利用者さんが安心していたのは、あなたの声掛けのおかげ」と褒められると、自分の判断が認められたと実感できます。これにより孤立感は和らぎ、次の訪問に前向きに取り組む姿勢が生まれます。
逆に承認が少なければ「誰にも評価されない」と感じ、やりがいを見失い、離職のリスクが高まります。褒めることは心理的な支えとして不可欠であり、孤独を前提とした訪問看護だからこそ意識すべき行為です。承認の積み重ねが、働く人の安心と自己成長を同時に後押しするのです。加えて、こうした積極的な声掛けは、組織の安心感を広げる循環を生みます。孤独に寄り添う一言が、本人のキャリア継続を左右することもあるのです。
離職防止と組織全体への波及効果
褒められることはスタッフの定着に直結します。「ここなら努力を見てもらえる」と思えれば、働き続けたい意欲が高まります。さらに、ミーティングや日報で具体的な行動を取り上げて共有すれば、本人の自信を深めると同時に、他のスタッフへの刺激にもなります。結果として職場全体が「互いの良い点を見つけ合う雰囲気」に変わり、信頼関係が強まります。
褒め方は個人だけでなく組織の未来を支える重要な行為であり、人材定着に悩む訪問看護事業所にこそ必要な視点なのです。承認が連鎖する職場は、自然と活気と安定感を兼ね備えるようになります。こうした連鎖は、事業所の成長と利用者へのより良いサービスにも直結していきます。結果的に「スタッフを大切にする姿勢」が、外部から見ても選ばれる事業所の強みとなるのです。
「褒める」と「おだてる」はどう違うのか?

「褒める」は承認、「おだてる」は操作
褒めることとおだてることは、見た目は似ていても本質的に目的が異なります。
褒めるとは、相手の行動や成果を正しく捉え、承認や感謝を伝える行為です。スタッフの存在価値や努力を認めることが中心であり、本人に安心感や自信を与えます。一方でおだてるとは、相手に気持ちよさを与えることでその場を収めたり、自分の都合のために動かそうとする操作的な行為です。
たとえば「すごいね、完璧だよ!」と根拠なく持ち上げるのはおだてにあたり、短期的に気分は良くなるかもしれませんが、長期的には信頼を損ねます。訪問看護の現場では、一人ひとりの判断が重要になるため、信頼を軸にした褒め方でなければスタッフの成長には結びつきません。
具体性の有無が分かれ目
褒める言葉とおだての境目を分ける最大の要素は具体性です。「頑張っているね」という言葉は決して悪くはありませんが、繰り返されると「何を見てくれているのか」が分からず、スタッフは形だけの承認だと感じてしまいます。
一方で「利用者さんの希望をうまく聞き出してくれたから、ご家族も安心していたよ」と具体的に伝えると、本人は「自分の行動が認められた」と実感できます。具体性のある褒め方は、努力や判断が正しく評価された証拠となり、信頼を強めます。
反対に、曖昧なおだては「適当に言っているだけでは」と疑念を抱かせ、かえって職場の人間関係を不安定にする可能性さえあります。訪問看護のように一人の判断が重い職場では、具体性の欠けた言葉が積み重なると深刻な不信感につながります。
おだては逆効果になりやすい
おだては一時的にスタッフの気持ちを軽くすることはあっても、本人が自分の課題や改善点を自覚している場合には逆効果になります。
例えば、訪問時に準備不足があったスタッフに対して「完璧だったよ!」と伝えてしまうと、本人は「本当に見てくれているのか」と感じ、信頼を失うことになります。また、過度に持ち上げられると「次に少しでも失敗したら評価が落ちるのでは」と余計なプレッシャーにもなります。
訪問看護は細かい判断やケアの積み重ねで成り立つ仕事だからこそ、現実に沿わないおだてはモチベーションを下げる要因になりやすいのです。表面的な持ち上げよりも、誠実な一言の方がはるかに価値があります。
「褒める」は相手の成長を促す行為
褒めることの本来の目的は、スタッフの行動を承認することで成長を後押しすることです。
たとえば「利用者さんの状態を観察して、無理に介入せず見守った判断が良かった」と褒めれば、本人は自分の専門性が評価されたと感じ、次の判断にも自信を持てます。これが承認としての褒め方です。
一方でおだては成長の方向性を示さず、その場の気分を上げるだけにとどまります。そのため、本人にとって学びにならず、結果として仕事への姿勢を弱める恐れがあります。
訪問看護における褒め方は、本人の行動や判断を正しくとらえ「次にどう活かせるか」を見せてあげることが重要です。成長につながる承認があるからこそ、スタッフは自分の役割に誇りを持ち続けられるのです。
訪問看護で実践できる褒め方の具体例

「その場で伝える」ことの効果
訪問看護の仕事は一人で完結する場面が多いため、同行訪問や事務所でのやり取りなど、スタッフの行動を直接見られる機会は限られています。だからこそ、その瞬間に感じた良さを即時に言葉にして伝えることが大切です。
例えば、利用者への説明を分かりやすく行っていた場面で「今の説明、とても理解しやすかったね。ご家族も安心した顔をしていたよ」と伝えると、本人は「見てもらえている」と実感できます。時間が経ってからまとめて褒めるよりも、場面直後の承認のほうが本人の記憶に残りやすく、行動の再現につながりやすいのです。また即時の承認は、失敗を恐れず挑戦する雰囲気を生む効果もあります。
利用者や家族の声をフィードバックする
訪問先では、利用者や家族から感謝の言葉を直接もらうことも少なくありません。これを本人だけで終わらせず、管理者やチームが拾って改めて伝えることは大きな意味を持ちます。「先日〇〇さんのご家族が『丁寧に関わってくれるので安心できる』と話していたよ」と伝えると、スタッフは自分の努力が利用者や家族に届いていたことを再確認できます。
さらに、その声をチームで共有することで他のスタッフの学びにもつながり、現場全体の質を高めるきっかけになります。感謝の声を「つなげる」褒め方は、信頼関係を強化する重要な橋渡しになるのです。
小さな工夫や挑戦を見逃さない
大きな成果や明らかな改善だけでなく、日常の中での小さな挑戦や工夫も承認の対象に含めることが大切です。
たとえば、新人が初めて自分から利用者に提案をした場面や、ケアの順番を工夫して時間を短縮した場面などは、見逃されやすいものの成長を象徴する瞬間です。その時に「初めて自分から提案できたね。自分で考えて行動できるようになってきた」と伝えると、本人は挑戦そのものを肯定的に受け止められます。
小さな承認が積み重なれば、「失敗しても挑戦していい」という雰囲気が生まれ、学びと成長を後押しします。訪問看護の現場では、このような日常の細やかな努力こそが大きな成果につながるため、管理者は意識的に拾い上げる姿勢が必要です。
チームに共有して広げる褒め方
個人に対する褒め言葉を、その場限りで終わらせずチーム全体に共有することで、職場全体の士気を高めることができます。
例えばミーティングで「〇〇さんが新しい利用者さんに丁寧に関わってくれた結果、ご家族から感謝の声をいただきました」と紹介すると、本人は誇りを持ち、他のメンバーも刺激を受けます。共有された褒め言葉は一人だけでなく全員の意欲につながり、「自分も評価してもらえるように頑張ろう」という前向きな循環をつくります。
こうした公開の承認は、職場に「努力を認め合う文化」を育み、離職防止やチーム力の強化に直結します。
スタッフ定着とモチベーションを高める褒め方の工夫

入職初期にこそ意識すべき褒め方
訪問看護は病棟勤務とは大きく環境が異なるため、新しく入職したスタッフは不安を抱きやすいものです。利用者宅に一人で訪問するという責任の重さや、在宅独特の判断が求められる場面に戸惑うことも少なくありません。この時期に適切に褒めることは、安心して業務に取り組む土台を築きます。
例えば「今日は利用者さんへの声掛けがとても柔らかくて良かったよ」と具体的に伝えることで、本人は自分の強みを認識でき、自信を持って次の訪問に臨むことができます。初期段階で承認を受ける体験は「この職場でやっていける」という確信を生み、定着につながります。
定期的な1on1でのフィードバック
訪問業務は一人で行う時間が長いため、日常の努力や工夫が他者に見えにくいという特徴があります。そのため、定期的に1on1の場を設け、振り返りの中で具体的に褒めることが有効です。「先日の訪問で、ご家族が安心できたのはあなたの声掛けがあったからだよ」と伝えると、本人は自分の行動が評価されていると実感できます。
こうしたやり取りは、孤立しがちなスタッフにとって大きな安心材料となり、離職を防ぐ効果を持ちます。1on1の場を承認の機会に変えることで、スタッフは「自分の努力は見てもらえている」と確信できるのです。
褒める文化を仕組みとして根付かせる
個人の褒め言葉が偶発的に発生するだけでは、承認が偏り「褒められる人」と「褒められない人」が生まれてしまうことがあります。そのため、職場全体で褒める文化を仕組みとして根付かせる工夫が重要です。
例えば、ミーティングの最後に「今週の良かった行動」を一人ずつ紹介する時間を設ける、チャットツールに「ありがとう専用スレッド」を用意する、といった工夫です。こうした仕組みを通じて承認が習慣化すれば、誰もが公平に認められる環境が生まれ、職場全体に安心感が広がります。文化として承認が根付くことで、長期的なモチベーション維持につながります。
公平性を意識した褒め方
褒めること自体は大切ですが、一部のスタッフばかりが目立って承認される状況は逆効果になりかねません。「なぜ自分は評価されないのか」と不満を募らせる人が出てしまえば、チームの一体感は失われます。だからこそ管理者は意識的に全員を観察し、それぞれの小さな良い行動を見つけて褒める姿勢が求められます。日報や記録を手がかりに「見えにくい貢献」を拾い上げることも有効です。
公平性を意識した褒め方は、スタッフ一人ひとりに「自分も大切にされている」という実感を与え、職場全体の信頼感を高めます。その積み重ねが、離職防止の強力な基盤となります。
明日からできる「褒め方」の実践ポイント

小さな努力を意識的に拾って褒める
訪問看護は一人で訪問することが多く、誰も見ていないところでの努力が積み重なって成果になります。だからこそ、表には出にくい小さな行動や変化を意識的に拾って褒める姿勢が必要です。例えば
「訪問の準備がスムーズになってきたね」
「ご家族に声を掛けるときの表情が柔らかくなっていたよ」
といった言葉は、本人にとっては大きな承認になります。こうした具体的なフィードバックは、スタッフに「自分は見てもらえている」という感覚を与え、安心して挑戦できる気持ちを育みます。また、小さな努力を褒められることで「失敗しても次は工夫してみよう」と前向きに捉えられるようになり、長期的な成長を支える基盤にもなります。
タイミングを意識して褒める
褒め方の効果を高めるためには、内容だけでなく伝えるタイミングも重要です。入職直後や新しい業務を始めたばかりの時期は不安が大きいため、具体的な褒め言葉を早めに届けることで「この職場でやっていける」という安心感が生まれます。
また、失敗直後に「その後の対応はとても冷静だったね」と伝えれば、本人は落ち込みを乗り越えて自信を取り戻しやすくなります。逆に褒める機会を逃すと、せっかくの努力が承認されずに流れてしまい、「見てもらえていない」という不満を抱かせてしまう恐れもあります。
訪問看護ではスタッフと直接会話できる場面が限られるため、管理者は「今が伝えるべき瞬間かどうか」を常に意識することが求められます。
感情を添えて伝える
褒める際には「行動そのもの」に加えて「それを見てどう感じたか」を伝えると、言葉の重みが増します。例えば「今日の説明はとても分かりやすく、私自身も安心できたよ」と伝えると、スタッフは自分の行動が相手の感情に良い影響を与えたことを実感できます。数字や評価では測りにくい訪問看護の現場だからこそ、感情を添えた褒め方は強い効果を持ちます。
さらに、感情を含めて伝えることで「共に働く仲間から信頼されている」という感覚が強まり、チームとしての一体感も深まります。単なる承認を超えて「心に届く褒め方」を実践することが、スタッフのモチベーションを長期的に維持する力になります。
言葉以外の方法で褒める
承認はその場での声掛けだけでなく、形として残す工夫をすることでさらに効果が持続します。日報や申し送りのコメント欄に一言添える、付箋に短いメッセージを書いて渡す、あるいはスタッフ掲示板に感謝の言葉を共有するなど、視覚的に残る承認は本人にとって大きな励みになります。
特に孤独感を抱きやすい訪問看護の仕事では、後から褒め言葉を読み返すことで「この職場で認められている」という安心感を繰り返し思い出せます。また、文字として残る言葉は形骸化しにくく、次のスタッフ教育や振り返りの場でも活用できます。承認を「一瞬の声掛け」から「継続的な支え」へと変えるために、言葉以外の褒め方を取り入れることが有効です。
訪問看護の現場で褒めることは、スタッフの気持ちを軽くするだけではなく、働き続けたいと思える基盤をつくる行為です。日々の小さな努力を丁寧に拾い、適切なタイミングで伝え、感情を込め、さらに形として残す。この四つの実践ポイントを意識するだけでも、職場の雰囲気やチームの結束は大きく変わります。承認の積み重ねは利用者や家族への安心感にもつながり、結果的に事業所全体の信頼や安定を支える力となります。褒め方を工夫することは、訪問看護の未来を守るための大切な取り組みといえるでしょう。

監修者:牟田 健登(Kento Muta)
株式会社クルージズ・テクノロジーズ代表取締役。2021年に創業し、在宅医療・介護業界に特化した人事コンサルティング・人事評価SaaSを展開。訪問看護ステーションや訪問介護ステーションを中心にサービスを展開中。

