「人間関係がいい職場」が新人を苦しめる本当の理由とは?

「うちは人間関係がいいから、新人もすぐに馴染めるはず」

──そう信じて疑わない方は多いのではないでしょうか。

実際、訪問看護やクリニックの求人票や面接で「職場の雰囲気の良さ」は頻繁にアピールされますし、求職者側も“人間関係のストレスがない環境”を理想に掲げがちです。けれども現場では、「なんとなく合わなかった」「続かなかった」と言って静かに辞めていく新人の姿が後を絶ちません。

本記事では、その背景にある“人間関係の良さ”という構造的な落とし穴に焦点を当てます。「仲の良さ」が、なぜ新人にとって居心地の悪さにつながるのか。採用の現場で無意識に見過ごされがちな“同調圧力”の正体とは何か。そして、新人が本当に安心して働ける職場にするためには、どのような仕組みが必要なのか構造的に解説していきます。

目次

なぜ「仲がいい職場」が新人にとって居心地が悪くなるのか?

「うちは人間関係がいいんです」──この言葉は、訪問看護や歯科医院をはじめとする医療・歯科業界の採用において、しばしば“安心感”を伝えるキーフレーズとして使われます。たしかに、ギスギスした職場よりも、スタッフ同士が信頼し合い、協力的に働いている環境の方が、応募者にとって魅力的に映るのは当然です。

けれども現場では、「なんとなく合わなかった」「気づいたら来なくなっていた」という新人の“静かな離職”が起きているのも事実です。その原因のひとつが、実はこの「仲の良さ」に潜んでいるとしたら──。これは、訪問看護の現場にも、歯科医院の現場にも、共通して起こりうる構造的な落とし穴です。

なぜなら、“仲の良さ”とは、今いるスタッフ同士の信頼関係や心地よさに支えられたものです。その関係性はしばしば長い時間をかけて形成された「完成された輪」になっており、そこに新しく加わる人にとっては、入り込むハードルが高い場合があるのです。実際に新人はこんなふうに感じがちです。

● 「いつ、どこで、誰に、どう質問すればいいのか分からない」
● 「LINEグループで雑談してるけど、自分だけ空気が読めない気がする」
● 「雑談中に話しかけるのは邪魔になるんじゃないかと思って遠慮してしまう」

こうした感覚は、明確な拒絶やトラブルがなくても、新人に「自分はこの輪の外にいる」と意識させ、居心地の悪さを生み出します。人間関係が良いがゆえに起こる“見えない壁”が、新人の孤立感につながるのです。

訪問看護では、一人で訪問に出る働き方が中心となるため、業務中の雑談や「ついでに聞く」タイミングが非常に限られています。一方、歯科医院では常に他スタッフと同じ空間にいるものの、診療の合間を縫って気軽に話しかけるのは難しく、「空気を乱さないように」と気を遣いすぎて話しかけること自体をためらってしまうこともあります。

つまり、業態は違っても、「気軽に話せる機会が少ない」「場の空気を読みすぎて発言できない」という点では、訪問看護と歯科医院は意外にも似た構造を持っているのです。

さらに、こうした職場にありがちなのが“暗黙のルール”の存在です。報告の仕方、休憩のとり方、連携の取り方、院長や先輩への声のかけ方──すべてが「なんとなく」で成り立っており、「説明せずとも分かるよね」という空気が漂っています。このような環境では、新人がわからないことをそのままにしてしまったり、「聞いていいことかどうか」自体を迷ってしまったりする場面が増えていきます。

結果として、新人は「ここでは聞けない」「失敗できない」「自分だけ浮いている」と感じてしまい、心理的な孤立を深めていきます。そして、誰にもその気持ちを打ち明けられないまま、「やっぱり自分には合わなかった」と、静かに職場を離れてしまう──このような“声なき離職”が、仲の良すぎる職場で繰り返されているのです。

だからこそ重要なのは、今の人間関係がどれだけ心地いいかではなく、「これから入ってくる人にとって開かれている関係性かどうか」です。親しさの中に無意識の排他性が潜んでいないか。“新人が居場所を見つけられる構造”になっているかどうか。その視点が、これからの訪問看護ステーションや歯科医院における採用と定着のカギを握っているのです。

無自覚な「同調圧力」が、新人を黙って追い出していないか?

「困ったことがあれば何でも聞いてね」「質問して大丈夫だよ」──そうした声かけは、職場の受け入れ姿勢として当然のものに思えるかもしれません。実際、多くの職場では「新人が相談しやすい環境づくり」を意識し、先輩や上司が声をかけるよう努めています。

しかし、現実にはそれだけで“安心して質問できる空気”ができるわけではありません。むしろ、新人にとっては「聞いていいと言われただけで、実際には誰も時間をとってくれない」「自分のタイミングで話しかけると気まずい雰囲気になる」といった、“表面的なウェルカム”と“実際の温度差”に戸惑いを感じることの方が多いのです。

また新人の側でも、「忙しいのに邪魔をしてしまうかも」「経験が浅い自分がこんな初歩的なことを聞いていいのか」と自制心が働きがちです。表情や言動のちょっとした変化から空気を察しようとし、“目の前の人に気を使いすぎて話しかけられない”という状態に陥ってしまうのです。

その結果、頭の中では疑問や不安を抱えたまま、表面上は「問題なくやれています」という顔をせざるを得なくなります。これが、外からは見えないまま進行していく“静かな孤立”です。

また、こうした職場では「空気を読んで動くこと」が美徳とされやすく、「波風を立てない」「周囲と同じように振る舞うこと」が暗黙の評価基準になっているケースも少なくありません。特にベテランスタッフや長年働いているメンバーが多数を占める職場では、“察して動ける人”が高く評価される傾向があり、その空気に馴染めない新人は「浮いている」「受け入れられていない」と感じてしまいます。

新人が感じるこの“違和感”や“遠慮”は、たとえ本人が言葉にしなかったとしても、じわじわと心理的な負荷として蓄積されていきます。表立ったトラブルや指摘がないからこそ、周囲からは“問題ない”と見過ごされてしまい、結果として新人が静かに離職していくのです。

本来、新人が安心して働ける職場とは、「ここは、質問してもいい場所だ」「失敗しても責められない環境だ」と感じられる心理的安全性が備わっていることです。それは「言葉で説明するだけ」では成立せず、日々の行動やコミュニケーション、周囲の接し方によってじわじわと伝わっていくものです。

人間関係が良好であることは、確かに職場の魅力です。しかし、その“良さ”が一部の既存メンバーにとっての心地よさだけにとどまり、新人にとっては無言の同調圧力や「察して動くこと」への過度な期待につながっているとしたら、それは「居心地のよさ」ではなく、「排他性の高い空気」に変質してしまっているかもしれません。

新人が「ここにいていい」と思えるかどうかは、その職場が“行動で歓迎しているかどうか”にかかっています。声かけではなく仕組みで、表面的な優しさではなく構造として、心理的安全性をどう設計するかが大切なのです。

「迎え入れる設計」に変えなければ、人は定着しない

人間関係の良さだけでは、新人は定着しません。職場の雰囲気がどれほど温かく、既存メンバー同士の関係性が良好でも、それが“新しく入る人”にとって居心地の良さや安心感につながるとは限らないのです。「感じがいい職場」であることと、「入りやすい職場」であることは、まったく別の話です。

訪問看護でも歯科医院でも、新人が「ここでやっていけるか」を最も強く感じるのは、実は入職して最初の1週間から2週間程度のタイミングです。この“最初の数日”で、歓迎されている実感や安心して過ごせる感覚が持てなければ、不安や孤独感は日ごとに積み重なり、やがて「なんとなく合わなかった」「居場所がない」と感じてしまうことにつながります。

だからこそ必要なのは、“今いる人が居心地よい職場”ではなく、“これから入る人にとって安心してスタートを切れる設計”です。歓迎の気持ちや、面倒見の良さといった感覚的な配慮だけではなく、「誰が・何を・どうフォローするか」が仕組みとして整っていることが不可欠です。

具体的には、以下のような観点から「迎え入れの設計」が求められます。

明文化された歓迎プロセスの整備

新人が「ここでやっていける」と感じるためには、入職初日から「歓迎されている」という実感が不可欠です。そのためには、感覚ではなく“仕組み”として迎え入れるプロセスを設計する必要があります。

たとえば初日は、出勤から業務終了までの動線をあらかじめ設計し、「誰が、どのタイミングで案内するか」「いつ、誰と顔を合わせるか」といった流れを時間単位で組んでおくと、新人は無駄に気を張らずに済みます。あいまいな指示で放置されたり、「誰に何を聞けばいいのか分からない状態」に陥ると、不安は一気に増幅します。

また、1週間〜2週間の間は、誰かしらが定期的に声をかける体制を整え、「困っていないか」「わからないことが残っていないか」を聞き出す時間を意図的に設けましょう。このフォローは、業務報告だけでは不十分で、「今日どうだった?」「ちょっと気まずかったことなかった?」など、気持ちを掘り起こす問いかけが鍵になります。

暗黙ルールの可視化

職場には必ず「共有されているけれど明文化されていないルール」が存在します。

たとえば「報連相のタイミングは昼前がいい」「LINEグループのスタンプは多用しない」「昼休憩は誰かが行ったら交代で取る」など、一見些細なことでも、新人にとっては「知らなかったことで失礼になるかも」という強いストレスにつながります。

このような“空気を読む前提”の文化を放置してしまうと、新人は常に“間違えないように振る舞う”ことに神経をすり減らし、発言や行動が萎縮します。それを防ぐためには、社内ノートやチャットの固定メッセージ、印刷物などを使い、「新人が気を使わなくても知れる」状態にしておくことが効果的です。

理想は、過去にあった“新人がつまずいたポイント”を洗い出し、それをQ&A形式でまとめた「新人用の空気読まなくていいマニュアル」があること。ルールで縛るのではなく、安心して動ける判断材料を与えることが大切です。

「質問できる人」の明示と、仕組みとしての安心感

「何かあったら誰にでも聞いてね」は、一見優しい言葉ですが、新人にとってはむしろ不安を生む言い回しです。なぜなら、「誰にでも」と言われると逆に「誰に聞いていいか分からない」状態になるからです。

そこで必要なのは、「このことはこの人に」「質問はまずこの人に相談する」という明確な導線を、最初から提示することです。たとえば、

〇 初日〜1週間目までは〇〇さんがメンターです
〇 LINEグループの質問スレッドに書けば必ず誰かが返信します
〇 毎日の日報に、分からなかったこと・疑問を1つ書いてください

このように、質問する手段と対象を明確にすることで、「どう聞けばいいか分からない」という無意識のハードルを大きく下げることができます。さらに、「こういう質問はありがたい」「こんなことでも遠慮しなくていい」と事前に伝えておくと、新人は安心して疑問を共有できるようになります。

雑談・感情共有のための場の設計

職場における“雑談”や“他愛もない会話”は、単なる気分転換ではなく、信頼関係をつくるうえで非常に重要な要素です。しかし、忙しい現場では雑談の余白が自然には生まれにくく、新人は「話しかけていいのか分からない」「邪魔になりそうで黙ってしまう」といった遠慮を抱えがちです。

だからこそ、“雑談の時間”をあえて設計してしまうことが有効です。たとえば、

✔ 毎週の定例ミーティングの冒頭5分は雑談タイムにする
✔ ランチ会を週1で設定し、参加は自由だが新人には案内する
✔ 社内チャットに「今日のほっと一息トーク」チャンネルを作り、気軽な話題を投げる

また、既存メンバーから「自分も最初はこんなことで戸惑ったよ」「昔、あんなミスしたことある」といったエピソードを共有してもらうと、新人が“自分も話していいんだ”と感じる心理的安全性につながります。

雑談は、情報伝達ではなく“感情共有の場”です。それがあるかどうかで、「一人じゃない」と思えるか、「誰にも本音を言えない」と感じるかが大きく分かれます。

明日からできる、3つのアクション

①「歓迎の流れ」を3つのフェーズで設計する

新人の初出勤日を「行き当たりばったり」ではなく、「どのタイミングで何を伝えるか」を段階的に整理することが第一歩です。分刻み・時間割ではなく、3つのフェーズ(到着時/午前中/午後以降)で分けて設計することで、現場の忙しさや状況に応じた柔軟な対応が可能になります。

フェーズ1:出勤〜勤務開始まで

  • 軽い業務紹介や職場案内を行う(流れが許す範囲で)
  • 初対面となる関係者との顔合わせを意識してスケジューリング
  • この段階でメンターや「相談していい人」を紹介しておくと効果的

→ この段階では「まず安心させること」が主目的です。特別な情報提供よりも、「今日は安心して過ごしていいんだ」と思ってもらえる関わりが大切です。

フェーズ2:午前中の業務時間

  • 軽い業務紹介や職場案内を行う(流れが許す範囲で)
  • 初対面となる関係者との顔合わせを意識してスケジューリング
  • この段階でメンターや「相談していい人」を紹介しておくと効果的

→ 無理に多くを詰め込まず、「誰が何をしている職場か」「誰に声をかけていいか」がなんとなく見えてくる状態を目指します。

フェーズ3:午後以降

  • 余裕があれば、簡単な雑談や休憩中のコミュニケーションを意図的につくる
  • 1日の終わりに「何か気になったことなかった?」と軽く声をかける
  • 初日の感想や印象を確認し、翌日以降の不安を言語化させる

→ 最後の印象が「ちゃんと気にかけてもらえた」で終わるようにすることが重要です。

このように、“1日の流れをざっくりと3つのステージに分けてイメージしておく”ことで、実態に合った柔軟な「歓迎の設計」が可能になります。重要なのは詳細なスケジュールよりも、「誰が何を担うか」の役割が曖昧でないことです。

②「“空気を読まなくていい”情報をグループウェアに集約する」

どの職場にも、「なんとなくの共通認識」で成り立っているルールやマナーがあります。たとえば、「LINEグループでは既読スルーはOK?」「お昼は声をかけてから取る?」「報告は口頭で?それとも書面?」「敬語はどこまで丁寧に?」など──こうした“言葉にされていないルール”こそが、新人にとって最大の心理的ハードルになりがちです。

それらを“空気で察してね”と放置すると、新人は常に「間違えたらどうしよう」「今これ聞いてもいいのかな」と萎縮しながら働くことになります。だからこそ、「空気を読まなくてもいい設計」=情報の可視化と共有の仕組みが欠かせません。

おすすめは、GoogleドキュメントやNotion、Slackのピン留め投稿、LINEのノート機能など、既存のグループウェアや社内ツールを活用して、誰でもいつでも見返せるマニュアル形式でまとめることです。ファイルにアクセス権さえあれば、拠点をまたいでも統一的に情報を届けることができます。

記載しておくと効果的な内容の例:

〇 チャットのマナーや温度感:既読スルーOKか、スタンプや絵文字はどの程度使うのが一般的か
〇 休憩のとり方:時間の目安や、取る前に声をかける必要があるかどうか
〇 報連相のルール:何を、誰に、どの方法で伝えるのが基本ラインか
〇 昼食の過ごし方:一人で静かに食べても大丈夫という安心メッセージの明記

重要なのは、これを「知っていて当然」とせず、“あらかじめ伝えるもの”として先に差し出すことです。資料を渡して終わりにするのではなく、初週中のフォロー面談などで「わからないことあった?」「見て気になったことある?」と感想を聞くことで、情報が活きたサポートになります。

この仕組みは、“マニュアル”であると同時に、“新人の居場所をつくるための言語的な配慮”です。空気を読むことを前提にしないこと。それこそが、心理的安全性の土台になるのです。

③「この人に聞けばいい」を“視覚化”する

新人が質問できない理由のほとんどは、「誰に聞いていいのか分からない」からです。よくある「分からなければ誰にでも聞いてね」という声かけは、実は新人にとって一番不親切です。「誰にでも=誰にも聞けない」構造になりがちだからです。

だからこそ重要なのが、「この人に聞けばOK」という安心を“名前つき・視覚つき”で明示することです。
具体的には:

〇 ウェルカムシートに「この1週間の相談役:◯◯さん」と明記する
〇 LINEのプロフィール欄に「質問対応:◯◯」と入れておく
〇 新人用ロッカーやデスクに「困ったらこの人に連絡」カードを設置
〇 SlackやLINEのグループ名に「新人質問チャンネル」と明示して固定

さらに、「◯◯さんはこんな質問をよく受けてます」「何でも遠慮なく聞いてね」と既存スタッフから自己開示を促すと、新人が“聞いていい空気”を感じ取りやすくなります。

“誰でもいい”ではなく、“この人なら大丈夫”と新人が確信できる環境。それこそが、日々の不安を1つずつ取り除き、定着率を高めていく最大のポイントです。

この3つのアクションは、いずれも**“人間関係がいい”ではなく“仕組みで安心をつくる”**という観点で設計されています。特別なコストや技術は不要ですが、心理的安全性には強く影響します。

今日考え、明日紙に落とし、明後日には実行できるレベル感で、まず1つから始めてみてください。
それが、仲の良さを「新しい人にも伝わる優しさ」へ変えていく最初の一歩になります。

目次