訪問看護の現場では、「スタッフが定着しない」「事務作業に追われて訪問に集中できない」「情報共有の場が形骸化している」といった悩みが少なくありません。利用者が増える一方で人材は不足しており、限られた人数で業務を回す状況が続いています。その結果、負担が積み重なり、離職につながる悪循環に陥るケースも見られます。
背景には、仕事の流れが属人的になっていること、役割分担が明確でないこと、ICT導入が不十分で活用されきれていないことがあります。さらに「改善の必要性は感じているが、どこから始めればいいかわからない」「忙しくて話し合う時間がとれない」と後回しになることも少なくありません。
ただし、業務改善は大規模な改革に限らず、小さな無駄を減らしたり、現場の声を仕組みに反映させたりといった日常の取り組みから始められます。特に訪問看護では、スタッフが安心して働ける環境を整えることが、結果的にサービスの質向上にもつながります。本記事では、訪問看護の業務改善を進めるうえで欠かせない5つの視点を取り上げます。
1.改善の必要性を改めて確認すること
2.現場スタッフの声を起点にすること
3.デジタルとアナログの使い分けを考えること
4.チームワークを育む仕組みを整えること
5.明日から実行できる行動に落とし込むこと
この流れに沿って、現場で実践できるヒントを順番に解説していきます。
なぜ「訪問看護の業務改善」が必要なのか?

需要の伸びと人員不足が同時に進む
在宅での療養を望む人は確実に増えています。慢性疾患を抱えながら地域で暮らす高齢者、退院直後の不安定な時期を自宅で過ごす人、医療機器を使用しながら生活する人など、支援の幅は広がる一方です。ところが、現場を支える看護師の数はすぐには増えません。限られたスタッフで多様なニーズに応える状況が続けば、一人あたりの負担は重くなり、判断や準備にかける時間が圧縮されます。
結果として、訪問の質や安全に目を向けたいのに、移動や雑務に追われる時間が増えるという矛盾が生まれます。業務改善を後回しにすればするほど、忙しさが常態化し、疲れが積み重なるだけです。いま求められているのは、増え続ける要望に現実的な手順で応えるための見直しであり、日々のやり方を適切なサイズに整え直すことです。
書類業務や情報共有の負担感
訪問の前後には、記録、計画、報告、連絡といった地道な作業が必ずついて回ります。医師やケアマネジャー、リハ職、介護職とのやり取りは欠かせませんが、連絡手段がばらばらだと同じ内容を何度も伝える手間が発生します。メール、電話、チャット、紙の書類が混在し、誰に何を伝えたかの確認に時間を取られることも珍しくありません。
さらに、訪問後にまとめて記録しようとして業務の終盤に作業が集中すると、記憶の鮮度が落ち、質の担保が難しくなります。本来は利用者に向き合うための時間を、連携の段取りに多く割いてしまっている。この「気づきにくい摩耗」こそが、現場の疲れの正体です。業務改善は、単に書式を変えることではなく、やり取りの順番や方法をそろえて無駄な往復を減らすことに意味があります。
属人化が招くばらつきと引き継ぎの難しさ
訪問看護は判断の幅が広く、経験豊富な人が現場を支えてきました。その強みは確かですが、特定の人だけがやり方を知っている状態は不安定です。ベテランが不在の日に対応が迷走する、急な欠勤で予定が崩れる、新人が遠慮して質問できず成長が遅れる、といった問題は少しずつ積み重なります。担当者ごとに記録の書きぶりや連絡の癖が違えば、読み解く側の負担も増えます。
誰が担当しても同じ水準で動けるように、手順や判断の要点を共有しておくことは、品質のばらつきを抑える近道です。属人化をほどくことは、個人の力を否定することではありません。暗黙知を言葉に変え、次の人に渡せる形にすることが、結果的に専門性を守ることにつながります。
働きにくさが定着と採用に及ぼす影響
離職の理由を丁寧に振り返ると、報酬だけでは説明できない「続けづらさ」が見えてきます。訪問件数の偏り、休憩の確保が難しい日々、記録の持ち帰り、オンコールの負担感。これらが長く続くと、気力と体力は確実に削られます。経験者ほど「このやり方のままでは先が見えない」と感じやすく、採用にも影響が及びます。面接で伝える魅力があっても、入社後の毎日に余裕がなければ早期離職のリスクは高いままです。
業務改善は、魅力的なメッセージを実態に近づけるための基盤であり、採用・育成・定着を一本の流れとしてつなげる上でも欠かせません。「働きやすさ」を数字で示すことができれば、応募者への説得力も増します。
利用者の安心と安全を守るために
現場の課題は、最終的に利用者の生活に跳ね返ります。
・情報の伝達に抜けがある
・訪問時間が短くなる
・同じ説明が重複して信頼を損ねる。
こうした小さなひずみは、暮らしの安心感をじわじわ削ります。訪問前の準備、当日の観察、家族への説明、他職種への共有。これらが滑らかに流れているかどうかが、結果の差になります。
業務改善はスタッフの負担を軽くするためだけではありません。ケアの一貫性を保ち、急変や事故の芽を早めに摘み、暮らしの安定を支えるための前提条件です。現場が落ち着いて働ける状態は、そのまま利用者への安心につながります。
ここまでで、なぜ業務改善が不可欠なのかを、需要の変化、見えにくい負担、属人化、定着、利用者への影響という五つの切り口で確認しました。次の章では、この土台を踏まえ、現場スタッフの声をどのように拾い、日常のやり方に落とし込んでいくかを具体的に掘り下げます。
現場スタッフの声から始める業務改善

当事者の声を拾う重要性
訪問看護の改善を考える際に最初の出発点となるのは、日々利用者に向き合う現場スタッフの声です。実際に移動や記録、連携をこなしているのは彼らであり、不便や無駄を一番近くで体感しています。
ところが管理者や経営層だけで改善策を考えると、現場の実情とずれが生じやすく、「机上の空論」と受け取られてしまうこともあります。現場の感覚を正しく反映させるためには、スタッフの小さなつぶやきや気づきを拾い、改善の糸口に変えていく姿勢が欠かせません。
声を引き出す仕組みづくり
声を集めるといっても、「何か意見ある?」と聞くだけでは多くは出てきません。業務の合間に言いづらい雰囲気があれば、なおさら発言は減ります。そこで有効なのが複数の仕掛けを組み合わせる方法です。
・個別面談で落ち着いた場を設ける
・匿名で答えられるアンケートを用意する
・日報やケースカンファレンスで「困ったこと」を自由に書ける欄を設ける
など、さまざまな角度から意見を拾えるようにすると、声の量と質が変わってきます。特に匿名性が担保されると、普段口にしにくい率直な意見が出やすくなり、改善の種が集まりやすくなります。
指示型ではなく参加型へ
改善は上からの指示として降りてくると「やらされ感」が強まり、長続きしません。逆にスタッフ自身が「自分たちの働きやすさのため」と実感できると、主体的に関わるようになります。
例えば「訪問スケジュールをどう組めば移動時間を減らせるか」といった具体的な課題を提示し、チームで意見を出し合えば、自分ごととして取り組みやすくなります。その場で出た小さなアイデアを実際に試し、効果があれば即座に反映する。こうした流れを繰り返すことで「改善は現場でつくれるものだ」という手応えが広がっていきます。
継続のためのフィードバック
集めた声を反映したら、その成果を必ずスタッフに返すことが必要です。「先月のアンケートで要望があった記録の簡略化を導入しました」と伝えるだけでも、意見が形になった実感が生まれます。
反対に、声を出しても何も変わらなければ、次第に意見は出なくなります。改善の文化を根付かせるためには、声を吸い上げるだけでなく、実行結果を可視化し、共有することが不可欠です。自分の提案が職場を少し変えたと感じられることが、さらなる改善意欲を生み出す土台になります。
このように、現場の声を起点にした業務改善は、制度や仕組みだけでは得られない実効性を持ちます。次の章では、この声をさらに活かすために欠かせない「デジタルとアナログの最適な使い分け」について掘り下げていきます。
デジタルツールとアナログの最適な組み合わせ

ツール導入が求められる背景
訪問看護の現場では、利用者宅での観察記録、スケジュール調整、医師やケアマネジャーへの報告など、膨大な作業が発生します。これを紙や口頭だけで処理しようとすると、どうしても時間がかかり、情報の行き違いが避けられません。
そこで多くの事業所では、電子カルテや訪問看護専用アプリなどを導入し、業務の効率化を進めています。タブレットやスマートフォンを使えば、移動中に予定を確認したり、音声入力で記録を残したりすることが可能になり、無駄な作業を減らすことができます。さらに、関係者が同じシステムを通じて情報を共有できれば、報告や確認にかかる手間も大幅に削減できます。ただし、こうしたメリットを享受するには、導入だけで終わらせず、実際の運用に合わせて活かせるようにする工夫が不可欠です。
デジタル化のメリットと落とし穴
ICTを導入することで記録の転記作業が減り、同じ情報を複数回入力する手間を省けます。さらに、訪問件数や稼働状況を自動で集計できるため、管理者が業務を把握しやすくなる利点もあります。
しかし、注意すべき点も多くあります。例えば通信環境が不安定で入力が滞る、操作が複雑でスタッフが慣れるまで時間がかかる、といった問題は少なくありません。ツールの習得に戸惑いが生じれば、かえって業務を圧迫する要因となります。また「全てをシステムで管理しよう」と意気込むと、記録が機械的になり、スタッフの思考や判断を反映しづらくなるという副作用もあります。つまり、デジタル化には効率化という明確な利点がある一方で、過度に依存すると現場の柔軟性を奪う危険性が潜んでいるのです。
アナログを残す意味
一見すると非効率に思えるアナログな方法ですが、現場では依然として大きな役割を果たしています。利用者宅で家族から急な相談を受けたとき、手元の紙に走り書きをしておく方が即時性に優れ、その場の会話を妨げません。
またカンファレンスの場では、ホワイトボードや模造紙に書き出しながら議論する方が全員の理解が深まりやすく、共感を得やすいという特徴があります。手書きのメモや図示は「場を共有する力」を持ち、画面を介さないからこそ生まれる安心感もあります。
アナログを完全に排除すると、こうした人間的なやり取りの強みが失われる恐れがあります。効率化を追求する中でも、アナログが持つ柔軟性と共有感は大切に残すべき要素です。
バランスを取るための視点
結局のところ重要なのは、デジタルとアナログのどちらが優れているかではなく、状況に応じて最適な組み合わせを選ぶことです。記録や情報管理のように正確性やスピードが求められる領域はデジタルで統一し、人的交流や意見交換のように相互理解が重視される領域はアナログを活かす。
例えば、訪問記録やスケジュールはシステムに集約する一方で、ケース会議や新人指導では紙やホワイトボードを活用する、といった切り分けが現実的です。また、導入するツールを決める際には、必ず現場スタッフの意見を取り入れ、実際に試しながら定着を図ることが欠かせません。「自分たちが選んだ」と感じられると、浸透のスピードは格段に上がります。
業務改善の目的はツールを使うこと自体ではなく、日常の業務をより安全で負担の少ないものにすることだという原点を忘れないことが、成功への近道です。
このように、デジタルとアナログは対立する概念ではなく、互いの強みを補完し合う存在です。次の章では、この基盤をさらに強化するために欠かせない「チームワークを育む仕組みづくり」について掘り下げていきます。
チームワークを育む仕組みづくり

情報共有の場を機能させる
訪問看護の仕事は基本的に単独で利用者宅を訪れるため、スタッフ同士が一緒に動く時間は限られます。そのため、定例会議やケースカンファレンスといった情報共有の場が、組織としての一体感を保つ重要な機能を果たします。
しかし、単なる業務報告の時間にとどまると「負担の多い会議」と受け止められ、参加する意欲が下がります。情報共有の場を価値あるものにするためには、困っている事例や成功体験を持ち寄り、互いの知識を補い合う時間に変える工夫が必要です。単なる伝達から学びの機会に昇華させることが、チームとしての結束を強める第一歩です。
報告・連絡・相談の形式を見直す
訪問看護では、利用者の状態変化や家族からの要望をいち早く共有することが欠かせません。ただし「報連相」が形骸化すると、誰に伝えるか、どのタイミングで報告するかが曖昧になり、情報が埋もれてしまいます。緊急性の高い内容は電話で即時、詳細な経過はシステムに記録、補足はチャットで共有といったように、情報の種類に応じて伝達方法を整理すると、全員が迷わず動けるようになります。
また、報告のフォーマットを簡素にすることで、発信側の負担を減らしつつ、受け取る側も要点を把握しやすくなります。こうした小さな整備が、結果的に大きな効率化を生み出します。
多職種連携を円滑にする工夫
訪問看護は単独で完結せず、医師、薬剤師、リハ職、介護職など多様な専門職と関わりながら成り立っています。連携が不十分だと、同じ利用者に対して方針がばらばらになり、信頼を損ねかねません。役割分担を事前に明確化し、情報の流れを一本化するだけでも混乱は減ります。
例えば「急変時は看護師が第一報を医師へ」「日常の生活面はケアマネを経由」といったルールを設けると、誰が何を担うかが明確になり、無駄な重複や確認作業が減ります。さらに、連絡先や使用する媒体を統一しておくと、連絡の齟齬が生じにくくなります。多職種連携の効率化は、利用者への安心感を高めるだけでなく、スタッフ同士の信頼を築くことにもつながります。
公平な負担とチーム文化の醸成
チームワークを支える土台として欠かせないのが、公平感のある業務分担です。訪問件数やオンコール対応が特定のスタッフに偏れば、不満が募り協力意識は下がります。シフトや稼働状況を可視化し、負担が均等になるように調整することが大切です。
同時に、チーム文化を意識的に育てる工夫も必要です。例えば会議の冒頭で一人ずつ近況を話すだけでも、人柄や状況が共有され、心理的な距離が縮まります。困ったときに声をかけやすい雰囲気や、相談したら建設的な意見が返ってくる安心感があれば、自然に協力が生まれます。制度や仕組みだけでは補えない「働きやすさ」は、この文化から醸成されるのです。
チームワークは偶然に育つものではなく、情報共有の仕組みや公平な分担、文化的な工夫を通じて意図的に築かれるものです。次の章では、こうした基盤を踏まえつつ、現場で誰でもすぐに始められる具体的な改善アクションに焦点を当てます。
明日からできる訪問看護の業務改善アクション

優先順位をつけることから始める
改善に取り組もうとすると、課題が多すぎて手が止まることがあります。
・書類の煩雑さ
・移動の負担
・情報共有の手間
・人材育成の難しさ
など、挙げればきりがありません。そのため最初の一歩として必要なのは、課題に優先順位をつけることです。スタッフの声を並べ、「影響が大きいもの」「すぐに改善できるもの」に分けて選ぶと、取り組みの方向性が定まります。例えば「記録が複雑で時間を取られる」という意見が多ければ、そのフォーマットを見直すことから始めるのが現実的です。取り組みの対象を絞ることで、小さな成果を積み重ねやすくなり、改善の流れが定着します。
小さなアクションを重ねる
改善を続けるためには、日常に取り入れやすい行動から始めることが効果的です。たとえば
「記録の入力時間を10分短縮する工夫を考える」
「訪問の合間に必ず休憩を確保する」
「会議の議題を事前に共有し、不要な説明を省く」
といった取り組みはすぐに実行できます。こうした小さな変化が積み重なると、スタッフの実感が伴い、次の改善への意欲が高まります。
改善を定着させる振り返り
改善を一度試みても、そのままでは続きません。定着させるには、成果を振り返り、全員で共有する場を持つことが必要です。例えば
・週に一度のショートミーティングで「最近の改善で役立ったこと」を共有する
・月末に「効果があった工夫」を持ち寄る
など、定期的な振り返りを仕組みに組み込むのです。数値で示せる成果(残業時間の減少、記録時間の短縮)に加え、利用者や家族からの感謝の言葉といったエピソードを共有すると、改善の意味を実感しやすくなります。こうして「やれば変わる」という実感が広がると、改善が単なる一過性の取り組みではなく、日常に根づいていきます。
明日からできる具体行動
最後に、訪問看護の現場で明日から取り入れられる具体的なアクションの例を挙げます。
NextAction
・訪問後の記録を一つだけ簡略化して試してみる
・会議の冒頭に「良かったこと」を一言ずつ共有する
・移動時間に確認したい情報を一覧にして携帯する
・週に一度、スタッフ同士で「改善できそうなこと」を3分だけ話す
・利用者や家族からの言葉を共有ノートに残し、全員で読めるようにする
・休憩時間を確保するために訪問スケジュールを15分前倒しで設定する
これらはどれも大きなコストを伴わず、すぐに実行可能です。重要なのは「全員が少しずつ関われる状態」をつくることです。改善は一部の人だけが背負うものではなく、チーム全体で小さな行動を積み重ねることで、ようやく持続可能な取り組みになります。
訪問看護における業務改善は、決して特別なプロジェクトではなく、日常の一つひとつの工夫から始まります。現場の声を取り入れ、デジタルとアナログを適切に組み合わせ、チームで支え合う仕組みを整えながら、小さな改善を積み重ねていくことが、結果的に利用者とスタッフ双方の満足につながります。明日からできる一歩を大切にし、継続的に取り組む姿勢こそが、訪問看護の未来を支える力となるでしょう。

監修者:牟田 健登(Kento Muta)
株式会社クルージズ・テクノロジーズ代表取締役。2021年に創業し、在宅医療・介護業界に特化した人事コンサルティング・人事評価SaaSを展開。訪問看護ステーションや訪問介護ステーションを中心にサービスを展開中。

